頭取の西山善史は帝國銀行における大物だ。
本店調査部、融資部での勤務が長く、いわゆる不良債権処理で頭角を現した珍しいタイプのバンカーだ。通常の頭取は大企業営業畑が就くものだが、西山は企画部時代にも銀行の不良債権問題を解決するための奇策を次々に打ち、出世の階段を上ってきた。財務問題を解決するために会計制度の盲点を上手く使った小規模銀行との逆さ合併は今でも銀行業界の語り草だ。
その大物が田嶋の目の前にいる。田嶋は頭取室に入るのはこれが二回目だ。一回目は旧Yの店舗統廃合計画について人事的な側面から説明するために訪れた。その時は、副部長の伊東も一緒だった。
そんなことを短い時間で回想している間に、西山が自身のデスクから立ち上がり、デスクの前に置かれたソファに歩いてきた。山中と田嶋が当然ながら立ったまま待っていると、西山が腰を下ろすように促してきた。頭取が着席してから、山中と田嶋は着座する。これもお作法の一つだ。
西山がゆっくりと足を組みながら、おもむろに山中に語り掛けた。
「悪いな。今日来てもらったのは率直な意見を聞きたかったからだ。単刀直入に聞きたい。旧帝國銀行出身者と旧Y、すなわち横浜みなと銀行出身者とは上手くいっていると思うか。融合は果たせるか。人事部としての意見が欲しい。どんなに冷徹な意見でも構わない。但し、マイルドな意見はいらない。私は、とんがっていていい、むしろとんがっているほうがいいという風潮が行内に残っていた時代の遺物だ。旧帝國銀行の行員を一掃した方が当行のためになるのであれば、そうする。だから何でも言え」