事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部123

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 田嶋からすると内容の薄すぎる対外発表文だ。

 しかし、お客様への被害がある事案ではないこと、自行内部の問題でしかないこと、他の行員に不安と疑念を抱かせないことを目的に、プレスリリースはあっさりとしたものになった。年末年始のあわただしさの中、このニュースはあまり注目もされずに忘れ去られるだろう。目立ちたくない芸能人が年末年始に結婚・離婚を発表するのと一緒だ。

 12月27日に人事部は本件で頭取とのミーティングがあった。経営会議、取締役会では既に伊東のことは報告、審議済だったが、頭取から人事部と直接議論したいとの呼び出しがあったのだ。

 人事部長の山中は年末に頭取に暇が出来たからだろうと言っていた。通常は分刻みで動く頭取だが、年末だけは時間が空くことが多い。

 頭取とのミーティングは、銀行の官僚文化を最も表している面だ。以前は、頭取宛のご説明には担当役員、部長、副部長、次長、担当と少なくとも5名が時間を空けて参加していた。今の頭取である西山善史になってからは、参加人数は絞り、資料も作り込まなくても良いと言われているが、企業文化が簡単に変わるものではない。頭取宛のミーティングがセッティングされた瞬間に何人もの業務がストップする。全ては頭取宛の説明資料作成に集中されるのだ。

 田嶋は部長の山中の指示により伊東の不祥事案について簡単にA4一枚で時系列の資料をまとめた。但し、今回の伊東事案は経営会議でも取締役会でも議論されている内容のため簡単なものにとどめた。山中と田嶋は、頭取からどのような話があるかは分からないが、わざわざ人事部を呼ぶのだから、行内の雰囲気、風土的なものを聞きたいのだろうと想定した。