事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部121

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「二人きりで面談しているのは、どうしても私が知りたいことがあったから無理にお願いしたんです。教えて下さい。なぜ旧Yの皆を裏切ったんですか」

 獣の唸り声のようなものが、伊東という人間の形をしたモノから発せられた。最初は少し高くかすれた泣き声のようなわずかな音だったものが、徐々に大きくなり、次に部屋を覆いつくし、そして何の前触れもなくピタリと止んだ。

「プライドのためだ」

「意味が分かりませんが」

「俺は旧Yの正真正銘のエースだ。でも、合併によって経営トップになる夢は絶たれた。銀行にこれまで尽くしてきたのに、俺はずっと旧帝國銀行のやつらの後塵を拝することが確定したんだよ。そして、中野坂上の支店長だった岩井の処置の問題で、旧Yの同期にまで出世で負けることが決まった。お前のせいだよ。お前には分からんだろうな。俺の絶望がな。出世が無くなったら、後はカネしかないだろう」

「それだけのために、旧Yのメンバーを退職に追い込んだのですか」

「元々、人余りだったんだよ。誰かをリストラせざるを得なかったのは事実だ。そして旧Yの店舗は収益的に厳しかった」

「それは詭弁ですよ。収益の高い法人取引を全て帝國銀行側に統合したのですから当たり前です」

「それが統合の条件だったんだよ。金融庁に狙われていた旧Yは実質的に救済されたんだ」

「それでもリストラをされる行員にも家族がいるんですよ」

「そんなこと俺の知ったこっちゃない。人員整理についてはやるべきことをやったまでだ。そこに嘘はない。従業員に情けをかけても銀行そのものが潰れたらお終いだ」

 田嶋は言うべき言葉を探したが、見つからない自分がいた。

「一応言っておいてやる。旧Yの行員をリストラするように指示したのは山中人事部長だよ。お前が信じているな。しかし、お前は運が良いな。マリン・リアルエステートから資金を受け取ったのは、神奈川の旧Yのリストラを主導したお前という記録を残していたんだ。将来問題が発覚して、首を切られるのはお前だったはずだったんだ」

 伊東は不敵な笑みを浮かべながら会議室を出ていった。伊東が本当に田嶋に罪をなすりつけようとしていたかは分からない。ただ、どこかスッキリした表情だったことが、田嶋にとっては更なる嫌悪感を抱かせるものだった。