事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部115

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 田嶋の剣幕に驚きつつ、伊東が座る。伊東でもおとなしく人の言うことを聞くことがあるのだと、田嶋はふと思った。

「私が、何の証拠も無く伊東さんを告発すると思いますか。なぜ二人だけで話をしていると思いますか」

 田嶋は涙らしきものが自分に込み上げて来ているのを認識していた。感情の起伏が激しい。心臓は早鐘を打ち、机の上に置いた手のひらはかすかに震えている。自分では止めることも出来ない。それでも決着をつける時が来ていた。

「もう一度だけチャンスを差し上げます。ご自身で洗いざらいご説明頂けませんか」

 田嶋は目をぎゅっとつぶりながら頭を下げた。目尻から涙が溢れる。涙は田嶋の頬を伝い、右目から出た涙の一粒だけが机にこぼれ落ちた。

 田嶋は頭を下げたままだったが、伊東が心を動かされていないであろうことを気配で感じていた。もう一度だけ言おうか、田嶋が考え始めた時に伊東が口を開いた。

「チャンスを差し上げますだと。何様のつもりだ。ふざけんな、ぼけ。座れ、だと。誰に口を聞いてんだコラ」

 田嶋の下げたままの頭に浴びせられたのは、伊東の罵声だった。これまでに聞いたことも無い口調だ。

 いつも沈着冷静で言葉づかいを気にかけている伊東から、このような言葉を聞くことがあるとは田嶋は想像も出来なかった。いや、想像できていたかもしれない。伊東の本当の顔はこちらだ。