事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部113

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 伊東が少し力の戻った目で田嶋を見返してきた。

「君は勘違いをしているんじゃないか。私がスマートフォンでやり取りをしているのは、親の介護などで問題があるからだ。それは君にも言っていただろう。メールの内容なら君らに開示しても良いぞ。何ら問題ないと断言出来る。ただ、間違いだったら、君には責任を取ってもらうけどな」

「ならば、スマートフォンをコンプライアンス部にお預け下さい。メールを削除していたとしても、ある程度ならば復活させることが出来るかもしれません」

「そんなことで良いのか。では預けよう」

「その際には、メールアプリのIDとパスワードも教えて頂けますか」

「それもお安いご用だ」

 やはり伊東には完璧に隠しているとの自信があるのだろう。伊東に自信が戻りつつあるようだ。

「伊東さんが使用されているスマートフォン2台ともですよ」

 伊東の動きが止まった。身体が少し前傾姿勢となり、上目遣いに田嶋を見てくる。

「この本店の中にはあらゆる場所に監視カメラがあります。執務室への入退室は管理されているのですから、その時間の監視カメラの映像を確認すれば伊東さんがスマートフォン2台を使いことなしていることも分かりました」

「そんなことまでしたのか。君は貴重な業務時間を無駄にしたようだね。私に問題はない。もちろん、私の預金口座についてもチェックしたんだろうね」

「当然です。何も問題はありませんでした」

 田嶋は肩を落とし、下を向く。少し演技が入っているだろうか。但し、あまり身体を動かすのは得策ではない。伊東には伝えていないが、田嶋はスマートフォンと会社のICレコーダーでこの会話を録音していた。スーツの胸ポケットに入っているため、田嶋が動くと服の擦れる音で録音が聞き取れない箇所が出来てしまうのだ。だから、田嶋は出来る限り動かないようにしていた。