伊東に対して田嶋が問い詰める。
「伊東さん。私はあなたが悪い人だとは思っていません。経営統合の実務担当としてご活躍されただけでなく、人事部でも当行全体のことを考え、様々な施策をされていたことを間近で見てきました。感情を表さない伊東さんには冷たい人という印象があるメンバーもいるでしょう。でも、部下の育成も積極的です。私がその見本のようなものです。今回の事実は残念としか言いようがありません」
田嶋は爆発しそうな気持ちを抱えながら伝える。伊東は下を向いたままだ。
「あなたほどの人が、結局はカネなんですか。カネのために大事な仲間を売るようなことをしたんですか」
誰もいない空間で言葉を発しているようだった。反応のない伊東に田嶋はむなしく語りかける。伊東がさらに下を向き、柔らかい前髪が田嶋を遮るように垂れ下がる。
今は12月初旬だ。丸八とんかつ店で同期と食事をしてから約2ヵ月が経っていた。
「私の理解では、伊東さんはマリン・リアルエステートと組んで、当行の店舗を手に入れ、開発利益を山分けしようとしていたはずです。内部通報制度を使い、コンプライアンス統括部には報告しました。その後、頼み込んでシステム部とコンプライアンス統括部に伊東さんの外部送信メールを全てチェックしてもらいました。マリン・リアルエステートとのほとんどのやり取りはご自身のスマートフォンでなさっていたのでしょうね。残念ながら一切証拠は見つかりませんでした」
この田嶋の言葉に伊東がわずかに顔を上げた。しかし、田嶋と目を合わせようとはしない。伊東の着ているダークグレーのスーツが更に暗い色になったように感じたのは田嶋の錯覚だろう。
「伊東さんは、エレベーターホールや階段への通路でスマートフォンを操作していましたね。我々行員は、ICチップが内蔵されている行員証によって、執務フロアへの入退室を記録されています。これを使えば、伊東さんがいつ執務室から出ていったのかは把握出来ました」