お店ではカウンターに3名で並んで座った。もう少しメンバーの数が多い時は、二階の座敷に行くが、今日はカウンターで十分だ。
田嶋が一番奥に座り、真ん中にムードメーカーの浅川、入口近くに梶が座った。瓶ビールを二本頼み、田嶋と梶がヒレカツ定食、浅川が上ロース定食を頼んだ。
丸八とんかつ店では瓶ビールはキリンのラガーだ。昭和の感じがするキリンラガーだが、田嶋は瓶ビールだとラガーが一番おいしいと感じていた。生ビールだったらアサヒのスーパードライがお気に入りだ。
おばちゃんがビールを持ってきてくれ、カウンターにそっと置いた。各々がそれぞれのグラスにビールを注ぎ、軽く乾杯をする。
年季の入ったカウンターには瓶ビールが似合う。最初の一杯を飲み干し、一息ついた。
「なあ、そういえば梶は最近何をやってるんだ?」浅川が左側にいる梶に軽い感じで聞いた。
「俺は本当に何でも屋なんだよな。今は、旧Yの店舗閉鎖プロジェクトに中途半端に関わっているよ。あとは、グローバルガバナンス体制の構築だな」
「あのえげつないリストラか。もちろん田嶋も関わっているんだろうけど、秘密主義の人事部様だからな。で、店舗閉鎖は厄介なのか」
「銀行は人が全て、という信念を持っている田嶋に、雇用の問題は任せておくとして」と言いながら梶がちらりと田嶋を見る。田嶋は苦笑いを返しておいた。
「店舗の売却先選定の入札があるんだけど、人事部からもかなりの横やりがあってな」梶がまた田嶋を見た。浅川も田嶋を見る。田嶋は肩をすくめただけだ。
「通常、店舗の売却先選定は、経営企画と法人部門企画へ相談しながら総務部が決める。入札の実務だけはグループの信託銀行に任せるけどな」
この流れは田嶋も知っていたので頷いた。
「ところが、今回だけは、人事部が裏で横やりを入れてきているらしい。細かいことは分からないが、取引先に転籍したうちのOBが動いているって話だ。人事の副部長が裏で仕切っているらしいが、旧Yの持ち物なんだから、旧Yの取引先に仕切らせろと、凄まじい交渉をしてきているらしい」
「人事部ってそんなことまでやるんだな」浅川があまり興味が無さそうに言いながら、ビールのグラスを空けた。
聞きながら田嶋は違和感を覚えていた。人事部の副部長といえば伊東しかいない。しかし、梶の発言が正しいならば、伊東の仕事のやり方がいつもとは全く異なる。冷静沈着な伊東らしくないといえば良いだろうか。