事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部106

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 旧Y店舗からの大量異動発令直後から、急激に人事部への問い合わせが、本人もしくはその上司から増えた。ほとんどは、慣れた事務職への再配置願い、退職の相談、パワハラの相談だ。人事部では田嶋も含めて手分けをして個々の相談に対応した。しかし、退職を希望する行員は多く、田嶋はやるせない思いを抱えた。

 銀行にとって人事異動と出世は最も重要なものだ。銀行員にとって、つまらない仕事は山のようにある。褒められることは少なく、失敗するとすぐに責任を取らされる。常に忍耐の連続であることも多い。出世こそが唯一の褒章なのだ。

 旧Yのエースである伊東は副部長と言いながらも、社内資格でいけば、大きな支店の支店長に就任することができる理事だ。次は執行役員になるかを目指すポジションだ。ここまでストレートに出世街道を歩んできた。

 伊東が執行役員になることができるか否かは、複数役員との面談と推薦が必要だった。帝國銀行の場合、役員会で候補者を執行役員とすべきかが話し合われるのだ。複数の役員に気に入られなければ、役員になることはできない。必然的に先輩に媚びを売ることになる。これが帝國銀行の改革を阻む要因と言われて久しいが、帝國銀行はトップである頭取にならなければ重要なことは何ら役員単独では決めることのできない組織だった。

 執行役員になるためには、まず複数役員の面接に呼ばれ、そこで推薦をもらう。この推薦は、旧Yの役員のみならず、旧帝銀の役員からも推薦が必要だ。次に、約1年をかけて将来の銀行像についてのレポート等を役員会に提出する。レポートの内容も勘案した上で、社内の役員だけが参加する役員会に候補者の執行役員昇格が付議され、異議が出されなければ昇格が決定する。足掛け2年のプロセスだ。

 この執行役員になれるかを占う面接に伊東が呼ばれていなかったらしいという噂が流れたのは9月上旬だった。今年の5月頃に複数の役員面談があったはずだ。田嶋は、勝手に伊東が役員面談を受けているものだと思っていたが、どうやら違ったようだ。