田嶋の脳裏に、いつかのエレベーターホールでの出来事がよみがえった。あの時も違和感を感じたが、今回は違和感というよりは、何かのアラームが頭の中でなっているようだった。
人事部の副部長に、銀行のOBで不動産会社の専務が頭を下げるなど、どう考えてもおかしい。相手にとって人事部の副部長は取引先の単なる人事部の人である。しかも銀行の後輩だ。プライドの高いOBが後輩に頭を下げることはほとんどない。資金を貸してくれる法人営業部の担当だったら、債権者として手厚くもてなすことはあるかもしれない。しかし、伊東に気を使ってもマリン・リアルエステートにとっても植北にとってもメリットは何一つないはずなのだ。
田嶋は、人事部の業務を通じて多数の人に会ってきた。本当に世の中には色々な人がいる。置かれた経済状況、家族状況は様々であり、性格も千差万別だ。ただ、人を利用とする人物には何となく共通するものがあるような感じがしていた。伊東を見た時の植北の目は、まさにそのような目線だった。ねっとりとした、粘着質な、表情は笑顔で従順な感じなのに目だけ笑っていない、そんな顔であり、目線なのだ。間違いないとまでは言えないが、植北は伊東を利用しようとしていると田嶋は思った。
『伊東に警告をだすべきだろうか』と考えていた時に、伊東が植北を振り返った。その目を田嶋はちらりと見てしまった。植北と同じ目つきだった。