事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部104

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「皆様が大事になさってきた愛甲石田支店は、商業施設として生まれ変わります。銀行の金庫は非常にめずらしい設備です。我々は、金庫を売りにした施設にしたいと考えており、既にテナントとしてのレストラン運営会社も内定しています。一日一組限定で、日本で最も安全なレストランとして、金庫の中でご飯を食べることができます」この植北の発言には支店内が少しどよめいた。植北が笑いながら続ける。白髪の混じったオールバックの髪はつややかだ。

「ぜひ、第一号のお客様は帝國銀行の行員の方にお願いしたいところです。皆様の思い出を大事に、新たな街のにぎわいを作っていきます。本日はこのような高いところからご挨拶させて頂き失礼いたしました」植北の挨拶は、大きな拍手を持って迎えられた。横の女性行員同士が「あの役員さん、ダンディーね」と軽口をたたいているのを小耳に挟みながら、田嶋は拍手をした。

 その後、愛甲石田支店の担当役員から最後の挨拶があり、閉店式は終了した。

 閉店式を終え、伊東と田嶋が支店を出ようとした時、後ろからマリン・リアルエステートの植北が声をかけてきた。

「本日はこのような場にお呼び頂き光栄でした」

 伊東は軽く会釈だけして、お店の外に出て、駅に向かって歩き出した。伊東の後に続いて駅に向かい始めた田嶋は、ふと気になって後ろを振り返った。すると植北が愛甲石田支店の前に立ち、伊東を見送りながら、深々とお辞儀をしていた。