ある日、田嶋が再就職支援会社と打ち合わせを終え、応接室から出てエレベーターホールへ送っていく途中で、伊東がとなりの応接室から誰かと出てくるのが見えた。
伊東と目が合うと、若干ではあるが嫌そうな表情をしていた。伊東と付き合いの長い田嶋だからこそ感じたことだ。
エレベーターホールまで送るタイミングが同じとなったため、田嶋のお客様である再就職支援会社の担当と、伊東のお客様が一緒のエレベーターに乗車することとになった。
この時、伊東の連れていたお客様が、伊東に凄まじいまでのお辞儀をした。エレベーターの扉が閉まって姿が見えなくなるまで、伊東に対して90度以上の深いお辞儀をしたままだった。これには少し違和感があるほどだった。田嶋のお客様だった再就職支援会社の担当も横のお辞儀をしているお客様をチラッと見ていた。異様なまでのお辞儀を気になったのだろう。
少し気になっていたので、後日、田嶋は受付に伊東の面談相手を確認した。
「あの、うちの部の伊東副部長が昨日会っていたお客様ってどの会社の方でしたか。人事部でお世話になっているお客様なんですけど、どうしてもお名前が思い出せないんですよ。次回会った時に失礼になってはいけないもので、気になってまして」
「少々お待ちください。昨日15時に人事部 伊東副部長宛にご来訪されたお客様でいらっしゃいますね。マリン・リアルエステートの植北専務様と登録がございます。人事部さんもご承知でしょうが、当行のOBの方です」
さすが受付のプロだ。手元のシステムで確認すると、よどみなく田嶋の質問に返してきた。但し、まさか田嶋が相手の顔を知らないとまでは思いもしなかっただろう。
その場で、軽くお礼を言って田嶋は新たな再就職支援会社との面談のために応接室に向かった。
『なぜ、マリン・リアルエステートのOBと伊東だけで面談しているのだろうか』
応接の扉を開けた時には、疑問も霧散していた。まずは、旧Yの行員を少しでも助けなければならない。連日の再就職支援企業との面談だった。