銀行は信用で成り立っている。
銀行の金庫には預金者全員が一気に預金を引き出せるほどの現金は眠っていない。預金者の預けた現金は、銀行が融資や有価証券で運用している。その資金はすぐには銀行に返って来ないのだ。
預金者は、銀行に預けておいてもいつでも現金として引き出すことが出来ると信用している。そのため、一斉に預金者が銀行から現金を引き出すことはない。それが前提となって銀行のビジネスは成り立っているのだ。
田嶋は、改めて銀行のビジネスの根本が「信用」であることを実感した。
そして信用というものは、目に見えるものではない。銀行の本店や支店は立派な建物だ。さも信頼出来るように見える。しかし、それは砂上の楼閣でしかないのだ。一度、信用を毀損すると取り返しがつかない。
預金者の資金引き出しは約5日続いた。但し、引き出しを行う預金者は小口の個人が中心で、帝國銀行の資金繰りには問題がなかった。
そして、翌週には何もなかったかのように、突然平時が戻ってきた。マスコミが報じなくなったためだ。
ちょうど、人気女優が麻薬使用により逮捕され、そのニュースがマスコミを席巻した。出演映画が公開中止となり、放送予定だったテレビCMもお蔵入りになった。賠償額は数億円にもなると報じられた。誰もが帝國銀行の横領事件に興味をなくしたようだった。日本のマスコミの興味は数日しか続かないのだ。あんなに列をなしていた窓口の預金者は跡形もなく消え去った。
それと共に帝國銀行内に流れていた危機感も消滅し、また内部の責任追及が開始された。