事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部88

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「横山は逮捕されていないはずです。警察からは連絡がありませんから。また、資金使途ですが、おそらく投資ですね。しかも海外への」

「こういう場合は、ギャンブル、酒、女というのが定番ですが、海外投資ですか」

「私の憶測ですが横山は日本にいない可能性があります。警察に少し聞きましたが、横山は仮想通貨、今は呼び方が変わって暗号資産にかなりの額を投資していた可能性があります。横領した資金を更に増加させたのみならず、匿名性が高いことを利用して海外に送金し、そこでプールしている可能性があります」

「かなり高度な金融犯罪ですね。そうすると横山は最初から逃走することを予定していたということですね」

「その通りでしょう。皮肉ですよ。エースと言われ、優秀だった期待の星が当行の評判を地に落とすような犯罪を着々と準備していたのですからね」

「それで、この横領事件についてはそろそろ発表なさるのですか」

「その通りです。広報室およびIR室が頭取と発表時期について協議しています。容疑者が逮捕されていませんが、早期に発表しないと事実を隠蔽していたとマスコミから攻撃される可能性がありますので、近日中に発表されます」

「分かりました。それで青木さんが私を呼んだのは、どのような理由ですか」

「今回の横領事件を発表するに際して、関係者の処分を決めておかねばなりません。人事部の処罰案を提出して下さい」

「承知致しました。素案はありますが、横領額が当初想定よりも巨額になっています。部長にお諮りした上で貴部宛に提出します」

「よろしくお願いします」

 監査部のフロアから退出しながら、田嶋は考える。

 この事件は相当に巨額だ。当初の処分案で耐え得るだろうか。頭取以下の役員はどのように考えているのだろうか。