事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部87

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 横領事件が発覚してから五営業日後に監査部の青木から田嶋宛に連絡があった。現時点で判明していることを共有したいとのことだった。

 また田嶋が監査部のフロアに訪問する形となった。用事があるならば田嶋のところに来れば良いのにと思うが、年次は青木が上だ。気は使わなければならない。

 監査部のフロアでは青木が待っていた。腕時計を見ながらイライラしている様子だ。

「早くして下さいよ」青木の言葉には棘があった。青木から内線で電話があったのはわずか5分前だ。その後、すぐに田嶋は来たのだが、文句を言っても始まらない。また、青木に余裕がなさそうなのが気になった。

「失礼いたしました」田嶋は毎日のように繰り返す謝罪の言葉を今日も絞り出す。田嶋のような名ばかり管理職や担当は謝罪の繰り返しが一つの仕事だ。

「とにかく報告しますから、会議室へ」そう言って青木は先を歩き始める。会議室に入り、扉を閉めた途端、青木が話し出した。

「田嶋さん。今回の横山の横領事件は、誰かが責任を取らないといけなくなりました」余裕なさそうに青木が言う。

「と言いますと?」

「横領総額は判明しているだけで10億円超。銀行の横領事件では間違いなく歴史に残る事件となりました」

「10億円ですか」

「さすがにエースと言われるだけの男でしたよ。これだけの巨額の資金をばれずに横領していたとはね」

「横山はまだ捕まっていないのですか。それに、そんな巨額の資金を何に使ったんでしょうか」