事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部85

f:id:naoto0211:20210725104752j:plain

 田嶋は人事部のフロアに戻ると副部長の伊東に監査部からの共有事項を報告した。

 伊東はすぐに田嶋を伴い部長の山中のところに足を運ぶ。

「山中さん。田嶋さんから聞きましたが荻窪支店の担当者が横領を起こしたようですね」

「ああ。私のところにもメールで一報は入っているよ」

「監査部から田嶋さんが人事部の責任を匂わされました」

「どういうことだ?」

「人事部が事件直前に面談しているのに、問題を見抜くどころか、横山を昇格させているとのことです」

「なるほど。寺内さんらしいね」

 寺内とは旧帝國出身の監査部長だ。新入行員の頃から本部畑を渡り歩いてきた官僚のような男だ。一度だけ営業現場に出たが、上から目線過ぎて顧客とトラブルになり、すぐに本部に戻された経歴を持つ。山中のような営業叩き上げとは、相性が良くない。しかも寺内は人事部や経営企画部のようないわゆるエリート部署を毛嫌いしている。

「寺内さんのご指摘は謙虚に受け止めよう。我々には、一度の面談では行員の本質を見抜くほどの能力はないということだ。しかし、人事部の責任というのは認められない。横領は、営業部店内の相互牽制とその仕組み作りを怠ってきた監査部、コンプライアンス部の責任だ」

「その通りです。監査部に攻め込まれる訳にはいきません」伊東が追従する。田嶋はいつもながら伊東はサラリーンマンの鏡だと場違いな感想を抱く。

「まず、横山の人事資料についてはすぐに準備させます。また、今回の荻窪支店の支店長、副支店長、次長全員の資料も同様です。横山の人事面談での評価については、場合によっては追加修正をしておくことも必要かもしれません。全てを揃えた上で、改めてご相談します」そう言って伊東は深々と頭を下げた。山中の返答も聞かず、スタスタと自席に戻っていく。慌てて田嶋も後を追った。