事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部84

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「承知しました。私はどのように対応したら良いでしょうか」

「人事部さんには、横山の今までの勤務履歴、個人の性癖、嗜好、交友関係等の情報を提供して欲しいと考えています。また支店に何らかの問題がなかったか、過去の行内処分事例をチェックしておくことと、今回の処分案の作成もお願いしたいところです」

「分かりました。準備します。支店長や上司には過失はありそうでしょうか」

「現段階では分かりません。先入観なく調査したいと思いますが、支店長からは、支店のエースだけに信頼してしまい、他の担当よりも放任してしまったかもしれないとの発言がありました。行内の牽制がきちんと出来ていなかった可能性はあるでしょう」

「警察の捜査、そして行内の調査はどの程度で終わるのでしょうか」

「現時点では分かりません。横山の担当顧客は約400名です。現在連絡がついたのは、そのうちの3分の1でしかありません。被害が疑われるお客様が既に二名見つかっています」

「もう見つかっているんですか。最終的な被害額は巨額になる虞があるということですね」

「その通りです。既に頭取まで報告は上がっています。昔の琵琶湖銀行9億円横領事件を超える被害総額になる可能性だってあります。マスコミが飛びつきますよ。銀行はマスコミに叩かれやすいですから」

「既に経営マターになっているということですね」

「そうです。人事部さんにとっても横山の人物を見抜けなかったのか、責任に問題となる可能性もありますね」そう言った時に青木の目に感情のようなものが宿った。田嶋は背筋に寒気が走った。もしかして監査部は内部の仕組みの問題ではなく、人事部の人員配置を問題としようとしているのではないか。

「横山は半年前に課長代理に昇格していますね。ご承知の通り、課長代理昇格の前には人事部の面談があります。人事部としては人物特性を見極められなかった可能性があるのではないですか」

 なるほど。これは単純な事件ではないのだ。お客様にご迷惑をおかけしたということではなく、行内の責任争いに既に発展している。たまたま、横山の面接官は田嶋ではなかったが、面接官は責任を追及される可能性があるということだ。銀行はどこまでも内向きの組織なのだということを改めて田嶋は思い知らされた。