会議室に入ると青木は奥の席に田嶋を案内し、自分は入り口側の席に腰を下ろした。
田嶋は青木が話し出すのを待った。青木は無表情で、どのような用件かのヒントも読み取れない。
「田嶋さん。ご多忙の人事部の主任調査役にお越し頂いて申し訳ありません」青木はそのように話し始めた。その会話には、少し嫌味な響きが感じられる。田嶋のことを、年次が低い、現場も知らない人事部のエリートと思っているのだろう。
「いえ。どうされたのでしょうか」田嶋は努めてへりくだった表情と声音を使って聞いた。
「困ったことが起きたんですよ。田嶋さんが担当している荻窪支店で横領が発覚しました」青木は抑揚のない声で告げる。残念ながら銀行では横領事件は度々発覚する。
「やはり慣れていらっしゃるようですね。驚きませんもんね。今回も横領のパターンとしては良くあるものです。しかし、額が違います。少なくとも発覚しているだけで3億円です」
田嶋に衝撃が走る。通常の横領事案は、数百万円から数千万円が一般的だ。億を超える横領事案はメガバンクの帝國銀行といえども珍しい。
「横領を行った行員は誰ですか」
「横山課長代理です。ご存知かは分かりませんが渉外課のエースと言われていた行員です。年次は8年目」
「あの横山ですか。支店長から次はもっと大きな店か本部で活躍させたいと要望が来ていました。リテール部門全体としても期待の若手という位置付けです」
「その横山がやらかしたんですよ。発覚したのは昨日。お客様から定期預金と投資信託に関してのお問い合わせがあり判明しました」