事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部80

f:id:naoto0211:20210725102458j:plain

 まだ肌寒さが色濃く残る3月の夕方に監査部の担当から田嶋宛に連絡があった。すぐに監査部の会議室に来てほしいという。田嶋は別フロアの監査部に向かった。

 監査部は年次の高いベテラン行員が配置されることが多い部署だ。今後の支店運営を担うためのステップアップとして配属される行員がいる一方で、年次だけ高く、他に行き場の無いベテラン行員の受け皿になっている側面もある。田嶋を呼んだのは、以前は支店の個人渉外課長をしていた青木だった。年次は田嶋よりも一回り上。次の異動では関連会社に出向となるような年次だ。

 監査部の入り口にある自動ロックは、田嶋には開けることが出来ない。部署によっては行員証だけで入ることが出来るのだが、監査部はセキュリティが厳しい。入り口の横にある内線電話で青木を呼び出すと、程なく青木がドアを開けに来た。

 監査部のフロアは入室すると少し暗く感じる。もちろん田嶋の気のせいであって、フロアのライトの明るさも他の部署と変わらない。しかし、ほとんど声が聞こえない。電話で話をしているメンバーも小声で話をしているし、ほとんどのメンバーはデスクトップのパソコンの画面を睨んでいる。活気が感じられない部署だった。田嶋が青木に連れられて歩いていると痛いほどの視線を感じる。来訪者が珍しいのだ。そして、誰もが今度はどの支店で問題が起きたのだろうと考えているようだった。