事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部79

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 旧Yの店舗は、出張所や小型店舗を含めて、所属員は平均20名だ。177店舗×20名=約3,500名が働いていることになる。

 総務部は、神奈川県内の既存店舗の半分を閉店とする計画を策定している。単純計算して、約半数の行員が不要となる。それにデジタル化・センター化による業務削減が加わる。

 この人員計画は田嶋が素案を策定し、伊東と相談しながらまとめていたが、伊東は総務部の担当と綿密にコンタクトを取り、閉鎖店舗の選定にも関与しているようだった。伊東の狙いは、現状の店舗の収益状況だけを勘案するのではなく、『不良資産となっているような勤務成績の悪い従業員が通うことが難しくなり、退職に追い込むことが出来るような店舗の統廃合の組み合わせはないか』ということのようだった。秘密主義の伊東は、田嶋に全体像を明かすことは無かった。人事部が総務部の店舗計画に口を出すのは珍しい。しかし、どのような業務が、どの程度残るかを知ることは店舗計画を立てる上で重要な情報だ。総務部としても伊東の情報を求めていたし、田嶋としても伊東の情報収集力には大変助けられた。もちろん、伊東からは何度も嫌みを言われた。「田嶋さんがお忙しいので、暇な自分が総務部との調整を行った」とか「リストラ計画が中途半端なものに終わったら田嶋の責任だ」とか。

 結果、全体感としては、店舗半減により全体の人員を半分にし、更に業務削減によって半分にする、すなわち4分の1まで神奈川県内の営業店の行員を減らす方向性となった。実際には人員を4分の1にする訳ではなく、異なる部門や業務に配置転換する方針だ。しかし、今まで営業をしたことのないような事務担当者を基本的には営業に動かすことになるため、慣れずに退職する行員が多数出ることが予想された。

 この人員計画はあくまでも机上の空論だ。実行してみなければ、実際に行員がどのように行動するかは分からない。それでも、人員計画は、帝國銀行の行員、その中でも旧Yの行員の人生には大きな影響をもたらす。

 『銀行員は人事が全て』と言われているが、まさに人事部は銀行員の人生を左右するのだ。田嶋は自分の業務の重さを強く感じていた。