事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部74

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 ここまでのところは参加者が理解しているだろうか。田嶋は参加者の顔を確認したが、理解できていない担当はいないようだった。

「出張のための移動は会社の指示に基づくものであることは疑いがありません。そして移動中は飛行機や電車等に乗っていなければならず、行動の自由は制約されます。国内でも遠方への出張、海外への出張の場合は、休日を利用して移動を行うこともあるでしょう。全体としては、労働者にとって多大な時間と行動の制約を伴うものとなることが出張にはあるのです。では、出張に関する行政解釈、判例を確認してみましょう」そう言って、田嶋は資料を示す。まずは行政の解釈である通達だ。

 

(問)
 日躍日の出張は、休日労働に該当するか。
(答)
 出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取扱わなくても差支えない。
(昭和23年3月17日基発461号、昭和33年2月13日基発90号)

 

「厚生労働省の通達では明確に、日曜日の出張における移動時間は休日労働、すなわち労働時間として扱わなくても問題ないとしています。 ただし、物品の監視等、常に何らかの業務がある場合は除くことになります。次の判例は通勤時間と出張時の移動時間は同じ性質だとしている判例です」

 

出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費す時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起り得ないと解するのが相当である。
(日本工業検査事件、昭和46年1月26日横浜地裁川崎支部決定)

 

「さらにもう一つ記載されているのが、有名な判例の横河電機事件です」

 

韓国に出張した労働者の時間外勤務手当の計算に当たり、会社が、移動時間は労働協約に規定された実勤務時間に含まれないとして計算したのに対して、右労働者が、移動時間は労働協約に規定された実勤務時間に含まれるとして計算した時間外勤務手当を請求した事例。
(判決)
移動時間は労働拘束性の程度が低く、これが実勤務時間に当たると解するのは困難であることから、これらの条項から直ちに所定就業時間内における移動時間が時間外手当の支給対象となる実勤務時間に当たるとの解釈を導き出すことはできない。
本件出張当時、旅費規則(〈証拠略〉)二五条により、一旅行日当り金二〇〇〇円の海外出張手当が支給されており、これが右取扱いに対する代償的な措置となっていたことをも考慮に容れると、本件移動時間が時間外勤務手当の支給対象たる実勤務時間に当たらないとした被告会社の判断に、何ら労働契約違反はなく、相当なものであったということができる。
(横河電機事件、平成6年9月27日東京地裁判決)

 

「以上を見てきて分かるように、判例等では『出張中の移動時間、遠方・海外への出張における休日移動は労働時間には該当しない』というのが日本におけるスタンダードな判断です。ここまで見てきたように出張中の移動時間は労働時間にはならないことが一般的です。単なる通勤時間と同様に扱われていることになります。しかし、もう一度、労働時間の定義を見てみましょう」