事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部65

f:id:naoto0211:20201103221747j:plain

 銀行員は『人事が全て』と言われることもある。つらく、つまらない仕事が多いが耐え偲べば役職で報われるのだ。そして、偉くならなければ自分の意見は通せない。突然の転居を伴う異動を命ぜられることもしばしばだ。転勤一つでも家族には大きな影響かあるのだ。

 そんな銀行員の悲喜こもごもを左右するのが人事部だった。

「それで、お呼びした用件なんですが」伊東が話し始めた。田嶋はあわてて伊東の言葉に意識を集中した。伊東がいつもの敬語に戻っている。仕事モードだ。

「田嶋さんが担当する店舗を変更しようと考えています。これからは、神奈川県内の店舗を担当してもらうことになると思います。旧Yの店が多い大事な地域です。現在担当している宮崎さんは、恐らく異動になる予定です。その後任として、重責を担って下さい」伊東はさらっと伝達してきた。

「ご期待ありがとうございます。しっかり役目を果たします」田嶋は深々と頭を下げた。

 旧Y出身者の人事部担当にとって神奈川県内店舗を担当することは自身が高く評価されていることを意味する。無事に務めあげれば次の異動先も良いところに出してもらえる可能性が高い。少しばかり高揚感を味わう田嶋に対して伊東が無表情に言う。

「田嶋さん。様々な頑張り方がありますが、今回は行員のためではなく銀行のために頑張って頂くことになります。田島さんは苦手な分野でしょうが、銀行経営の何たるかを勉強するチャンスだと思って下さい」伊東は少し焦点の合わない目で田嶋を見ている。人間ではなくモノを見ているような視線だ。

「それはどのような意味でしょうか」

「まず本件は他言無用です。この方針を知っているのは頭取と副頭取、そして人事担当役員、人事部長および私だけです。情報が漏れた場合には田嶋さんが完全に漏洩元として疑われることになります。その上で、申し上げると田嶋さんには旧Yの行員のリストラをお願いしたい」

「どういうことでしょうか」