事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部63

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「他に質問はあるか。何でも良いぞ。伊東君が珍しく興奮しているようだが、それだけの問題なんだ」山中がハリのある太い声で話しながら、周囲を見渡す。田嶋と目が合った。何か聞け、と山中が促しているようだった。田嶋と山中は比較的仲が良い。旧行は異なるが、波長が合うのだ。田嶋が挙手する。

「質問させて頂きます。今後のスケジュールはどのようになっているのでしょうか。一般職の廃止と店舗閉鎖の行内発表の時期は重なるのでしょうか。また、店舗閉鎖についてはお客様へご不便をおかけすることもありますので対外公表の時期も重要かと思います。ご教示頂けましたら幸いです」田嶋は出来るだけ当たり障りの無い質問をした。

「うむ。一般職の廃止という人事制度変更と可能な限り同時に店舗閉鎖の全体感は行内で発表する。但し、具体的な閉鎖対象店舗についてはまだ固まっていない。決まった店舗から順次発表していくことになる。特に地方店舗閉鎖の場合は、地元の一般職が浮き立つ。すぐに退職する者も出るかもしれない。顧客の口座解約も殺到するかもしれず、その対応のためにも、本部から応援部隊を派遣することになると想定している。そうすると店舗の閉鎖時期を集中させる訳にはいかない。応援部隊の人繰りもあるので、一斉に閉店とはいかない」山中の声が頼もしく聞こえる。ただ、山中は人格者だ。地元の一般職を思う気持ちがあるのだろう。それが伝わってくる話しぶりだった。

「ありがとうございます」田嶋は山中に対して回答の礼を言った。

「他には何も無いな。では、本日の会議を終了する。分かっていると思うが、本件は極秘だ。人事部は口が堅くて当たり前。情報が行内に漏れたなら、誰がしゃべったか絶対に突き止めるからな。解散」恐ろしい言葉を残して、山中が立ち上がる。それを受けて、伊東も立ち上がった。二人が立ったのを見てから、その場にいる全員が立ち上がる。

「軍隊のような組織ってこういうことを言うのだろうな」田嶋はふと思う。人事部は硬直化した組織だ。徹底的なトップダウンと秘密主義。この組織が行内の変革を担ったところで、本質的に銀行を変えていけるだろうか。田嶋には自信が持てなかった。

「これからが大変だ」田嶋は憂鬱な気分になった。一般職の廃止や人員数の自然減は、現場からかなりの不満が出るだろう。店舗閉鎖はそれこそ大騒動となりかねない。しかし、当行が生き残っていくためだ。人事は銀行の根幹なのだ。銀行の資産は究極的には人材だけだ。銀行は人が全てだ。田嶋はその思いだけで人事部に在籍している。