田嶋の視界の隅で手が上がった。あれは、四国担当の橋本だ。
「すみません。質問宜しいでしょうか」
「どうぞ」伊東が短く答える。
「廃店される店舗の総合職は異動させてしまえば良いので問題はないのですが、総合職が少なくほとんど一般職だけで運営している店舗もあります。一般職の処遇はどのようにするおつもりでしょうか。また契約社員もいますが、こちらはどのように対応するのですか」橋本はつらそうに言葉を絞り出した。
「一般論として聞いて下さい。個別の店舗毎に事情は異なるので。原則としては、所属店が廃店となり近隣に通勤可能な店舗がない一般職には、首都圏もしくは関西圏への転勤のオプションを提示します。その場合は社宅もしくは寮を当行負担で提供します。すなわち、働き続けたい行員には、職を保証するということです。しかし、家庭の事情で遠隔地への転勤が叶わない行員もいるでしょう。その方については、親密な地方銀行さんに雇用をお願いする、もしくは人材サービス企業の転職支援サービスを銀行負担で提供する予定でいます。また、場合によっては地元の取引先企業への就職斡旋も行います」
「しかし、少なくともその地方の店舗を廃止するということは、地元の取引先企業からすると、その地域を当行は捨てるということになります。地域を捨てた銀行の行員を雇ってくれる企業さんがあるのでしょうか」橋本の声は切迫している。「人格の橋本」と言われているほど人情に厚い人間だ。人事部ではめずらしいタイプかもしれない。
伊東が少し嫌そうな表情をした。伊東は食ってかかってくる人間が嫌いなのだ。伊東が人から好かれない理由の一つだった。
「当行としては最大限の配慮をすることになる。遠隔地への転勤であったとしても雇用は提供するし、転職の紹介もする。十分過ぎるほどの対応だと考えている。それ以上の義理は無い。契約社員は契約を更新しない。それだけだ」敬語が消え、伊東の本性が出た瞬間だった。伊東は冷たい官僚なのだ。
「もう一度言う。当行には赤字の店舗を維持し続ける余裕は無い。これからは、銀行のリテール部門はさらに苦しくなる。マイナス金利はしばらく続く。フィンテック企業はもっと我々のビジネスを侵食してくる。君らはデータをしっかりと見ているか。投資商品販売の主体は、我々のようなリアルの店舗を持つ銀行ではなくなる可能性は高い。ネット証券、ネット銀行が我々に取って変わる未来は夢物語じゃない。今はまだ良い。高齢のお客様は我々のような旧来の銀行に信頼を置いてくれている。しかし、年代が若くなったらどうだ。ほとんどの人はインターネットで取引をすることになる。店舗は負のレガシーでしかなくなるかもしれない。我々は銀行とだけ競争するのではない。楽天やAmazon、LINEと競争することになるんだ。君らがそんな甘いことを言っていてどうする」伊東が声を荒げる。
橋本は完全に下を向いてしまった。耳元が赤くなっている。