事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部61

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 『入社して配属されないと、どのような仕事が出来るか分からないこと』『自分の意思に関係なく違う職種に異動させられたり、転居を伴う異動をさせられること』は時代遅れと言われてきた。学生は就職時にこの観点で企業を選ぶことも多いだろう。このような働き方は、今の時代の社会人の生き方に合わなくなってきているとされている。だから、総合職とか一般職という職種を残している企業はダメだとされる論調もあるが、これには田嶋は違和感を覚えてきた。店舗や事務所は全国に点在し、大量の事務処理への対応も必要という観点で現実に合わないからだ。

 しかし、RPAの登場はこの現実を変える力を秘めている。日本で長らく続いてきた総合職と一般職という職種を無くす動きをRPAが果たすかもしれない。

 田嶋は驚きながらも、自分がRPAの登場とそれに続く一般職の廃止まで見通せなかった人事担当としての自身の知見の浅さを残念に思った。

 その中で山中の声が続く。

「次に、店舗計画だ。こちらは伊東副部長から説明してもらう」そう言って山中は伊東を見た。

「伊東から店舗計画について説明します」伊東は常に敬語を使う。誰に対してもそうだ。山中が親分肌だとすると、伊東は官僚のような印象だ。銀縁メガネの鼻あてを押し上げて、伊東が話し始める。

「店舗計画については、後ろに出ているスライドをご覧下さい。当行全体の店舗は約400店あります。これを3年後目処に300店まで縮小します」

 会議室全体がどよめいた。一般職の廃止でも相当な衝撃だ。しかし、店舗廃止はそれ以上のインパクトを持つ。店舗廃止は、単に店舗を閉じるだけではない。結果として行員に退職してもらわなければならないことがあるのだ。しかも4分の1の店舗を閉鎖するというのである。

「皆さんは驚いているようですが、これは当たり前のことです」伊東の声が淡々と響く。

「ライバル行も大規模な店舗閉鎖を発表していますが、これは当行も同じです。来店客数はこの10年で約3割は減少しています。4割どころか5割減少している店舗も存在します。当行が生き残っていくためには店舗閉鎖は避けて通れない道です」ここで、伊東が口を閉ざした。そして、意を決したように改めて口を開く。

「今回の店舗閉鎖は、近隣にある重複店舗の統廃合だけではありません。地方の店舗も対象となります」

 今度はどよめきだけではなく、様々な場所から声が「うわー」という声が上がった。見渡すと頭を抱えている者がいる。田嶋の一年上の入行年次の先輩だった。中国地方の店舗を担当している。

 そのような中でも伊東は冷静だ。話が続く。

「ご懸念されている通り、地方店の廃店は簡単ではありません。ご承知の通り、当行のような都市銀行は旧大蔵省の行政裁量により地方での店舗は制限されてきました。県に一つしか店舗がない地域もあります。この店舗が閉鎖されれば、地元の一般職は職を奪われることになります。それでも、この店舗戦略は完遂しなければなりません。当行が生き残るためです。どの店舗が赤字かはデータとして皆さんの頭の中に入っているでしょう。どの店を廃店とするかは、極秘情報であり店舗の担当には個別に伝達します。しかし、聖域なく見直しを行うことになります」