事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部66

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「何度も言いません。旧Yすなわち我々の出身行の行員をリストラして欲しいのです。神奈川の店舗を田嶋さんが担当するのは、旧Yの店舗のみならず旧Yの行員のリストラをうまく着地させることを期待しているからです。田嶋さんは誰から見ても良い人です。君の仕事ぶりを見てきましたが、敵を作らないのが素晴らしい。リストラは対象者から恨まれます。しかし、田嶋さんなら反発が少ないでしょう」

 田嶋はしばらく無言を貫いた。伊東の言い方は丁寧だったが、田嶋には『君は無能だが人に好かれるから、リストラ担当にしたのだ』としか聞こえなかった。そして、何より旧Yの行員をリストラしろとは仲間への裏切りではないのか。

「伊東副部長。理解が悪くて大変申し訳ありませんが、今回の店舗閉鎖や行員のリストラは旧Yの行員だけが対象ではなく全行的に実施するということで良いのですよね」田嶋はすがりつくような目で伊東を見ていた。

「君は甘いですね。旧Yの店舗が赤字なのは周知の事実です。そして、事務の行員の処遇も年次も平均して高いのは旧Yです。今回は、旧Yがリストラの主なターゲットです。もちろん、行内的にはそのようなメッセージが見えないように工夫がいりますが」伊東は田嶋に目を合わせなかった。ただ、淡々と話をしただけだ。

 田嶋の中で何か熱いものが込み上げてきた。

「旧Yの店舗が赤字って、それは旧帝國銀行の店舗に主要取引先を引き継ぎ、不採算の取引先ばかりが残っているからです。新帝國銀行発足時に、旧Yの店舗収益が低下することについては双方の経営陣で合意していたはずです。また、旧Yの事務担当の行員の処遇および年齢が平均して高いのは、旧帝國銀行の方が仕事が厳しくて退職者が多かったことに加え、女性行員を昇格させてこなかったからです。旧Yの行風の良さの一つが、女性活躍だったはずです。ダイバーシティが経営のキーワードになる時代に時代錯誤ではないでしょうか」一気に田嶋は思いを口に出していた。気づけば自分が肩で息をしていた。