事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝国銀行、人事部55

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 10月上旬、下期の戦略会議が帝國銀行人事部の管理職を集めて行われた。単独の部であるにもかかわらず、合計すると100名は下らない。

 9時から開始だった。10年前の人事部ならば8時や19時スタートというのもあり得た。しかし、今は人事部が率先して働き方改革を行わなければならない時代だ。外の部署からの見え方もあるため、会議は業務時間中に開催されるようになった。

 100名規模の会議では、人事部のフロアにある会議室を使う訳にいかない。秘密主義の人事部といえども、他の部署も利用する会議室を使用していた。

 最初に司会進行役の伊東副部長が本日の流れを説明する。

 席の配置はスクール形式だ。前の席には、山中執行役員人事部長、そして伊東副部長の2名のみが座っている。両名の後ろには大きなスクリーンがあり、プロジェクターから映像が投影されていた。

 スクリーンにはパワーポイントで作成された資料が映っており、愛想の無いタイトルだけが記載されている。資料は帝國銀行のコーポレートカラーである黄緑色と緑色そして白色の組み合わせで主に作られている。資料には「下期人事部期初会議」という文字だけが記載されていた。

 帝國銀行は、旧帝國銀行と旧横浜みなと銀行が合併して発足したメガバンクだ。関西の財閥系銀行である旧帝國銀行と、神奈川県を地盤とする都市銀行の旧横浜みなと銀行の組み合わせは、店舗網も取引先も重複が少なく、相乗効果が高い統合であると投資家の評価も高かった。既に統合して15年以上が経過し融合は進んできた。銀行名は、帝國銀行だけが残っており、旧横浜みなと銀行が実質的には救済されたことが分かる。コーポレートカラーは、旧帝國銀行が赤、旧横浜みなと銀行が水色だったが、統合時に黄緑色に変更した。黄緑色は、正式にはフレッシュグリーンといい、若々しさ、知性、やさしさを表している。また、マーク背景色にも使用するもう一つのコーポレートカラーである緑色はトラッドグリーンといい、伝統、信頼、安定感を表している。コーポレートカラーは変更したが、行内の融合はまだまだ果たされておらず、旧帝國銀行の出身行員は旧帝銀もしくは旧Tと呼ばれる。旧横浜みなと銀行の出身行員は、旧Yと呼ばれていた。

 人事部の期初会議において、部員の前に座る部長の山中は旧帝國銀行出身、副部長の伊東は旧横浜みなと銀行出身だ。合併前のバランスは人事部ではもちろん健在だ。

 本日の会議時間は2時間が予定されていた。ところがいつもの会議のようにアジェンダは事前に配布されていなかった。会議の概要が記載されているアジェンダは会議参加者に目的意識を持って参加してもらうためにも必須である、と銀行内では各部署に人事部が指導していた。これも働き方改革の一環なのだ。しかし、本日の会議では何もアジェンダが配られない。すなわち事前に情報が漏れることは許されない会議だということだ。