事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部50

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 翌日、田嶋は6時にオフィスに入った。いつも通り山中は6時20分頃来るはずだ。既にセブンーイレブンで必要な書類は印刷してきてある。田嶋の自宅にはプリンターがない。代わりにセブンーイレブンのアプリを使っている。このアプリはアプリ内に印刷したい書類をアップロードしておけば、全国のどのセブンーイレブンでも書類の印刷が出来るものだ。仕事関係であれば自身のスマホや自宅のパソコンから銀行の業務用メールにデータで送ることを認めてほしいところだが、帝國銀行では情報管理の観点もあり、外部から私用メールを自身の業務用メールアドレスに送ることを禁止していた。システム部が各人の業務用メールを監視ソフトを使って監視しているのは公然の秘密だ。恐らく、すぐに禁止行為をしたら呼び出されるだろう。

 山中がオフィスに現れた瞬間に田嶋は反射的に立ち上り、自然な風を装いながら山中の席にゆっくりと歩き出した。山中が自席に付いた瞬間に挨拶を行う。

「おはようございます」

「おお、おはよう。急ぎの相談か」

「はい。これからお時間を頂けないでしょうか」

 そう言いながら田嶋は会議室を指し示した。

 山中はパソコンのモニターを立ち上げ、本体の電源を入れたところで立ち上がると、会議室に向けて歩き出した。

 

 会議室に入ると田嶋は直近の状況を説明した。そして、自身が不倫で疑われていることについて特に重点的に説明したいと伝える。

 山中の了解を得たところで、田嶋は間髪を入れず、山中に次々と証拠を提示していく。

 まずは、クレジットカードの使用履歴、Suicaの使用履歴だ。クレジットカードは、自身が飲み屋に行っていないことの間接的な証拠にしかならない。現金を使っていたら意味が無いからだ。しかし、全てをさらけ出していると示すことは出来る。

 Suicaの使用履歴は自身の浮気疑惑を晴らすためだ。Suicaは26週間以内の使用履歴が印刷でき、駅名も記載されている。田嶋は、オフィスと自宅の往復がほとんどだ。人事部は他部署とはほとんど飲まないことを不文律としているため、飲みに行くことは少ない。他の駅に行く場合は、臨店で支店に行くぐらいだ。山内に会いに行っている余裕がないことはSuicaの使用履歴を見れば分かるはずだ。

 そして山中には『切り札』となる写真を見せた。

 山中は全ての書類を受け取った後で「分かった。悪いようにはせん」と一言発して会議室を出ていった。