翌日、田嶋は人事部に異動してきてから一番早く退行した。18時30分にオフィスを出たのは初めてだ。昨日の怪文書が気になり、どうしても仕事に身が入らなかったのだ。
田嶋は、浅草にある行きつけのバーに足を向けた。
神谷バーは、1880年に創業した日本で最初のバーだ。浅草寺の雷門から東に1ブロック歩いたところにあり、隅田川がすぐそばにある。
神谷バーの名物は、デンキブランというブランデーをベースとしたカクテルだ。電気がめずらしい明治の頃、目新しいものというと『電気〇〇〇』などと呼ばれ、舶来のハイカラ品と人々の関心を集めていたそうだ。デンキブランは強いお酒で、当時はアルコール45度だった。これが『電気』とイメージが被り、デンキブランは有名になった。
デンキブランのブランはカクテルのベースになっているブランデーのブランを表している。そのほかジン、ワイン、キュラソー、薬草などがブレンドされているが、その分量だけはいわゆる秘伝というやつだ。
大正時代は、浅草六区(ロック)で活動写真を見終わるとその興奮を胸に一杯十銭のデンキブランを一杯、二杯。それが庶民にとっては最高の楽しみだったと神谷バーのホームページには記載されている。今でも建物の外観含めて非常に情緒のある場所だ。
田嶋はデンキブランと煮込、ジャーマンポテトを頼んだ。ここの味噌ベースの煮込は絶品だ。
神谷バーはバーと言いながらも、かなり広いお店だ。いつもは地元客に加え観光客でもにぎわっているが、今日は早い時間だからだろうか、いつもより人は少なめだった。
運ばれてきたデンキブランは、あたたかみのある琥珀色、ほんのりとした甘味が特徴だ。現在のデンキブランはアルコール30度、価格は280円。何杯も飲んだら大変なことになるが、庶民が気軽に飲める価格設定だ。
浅草の独特の雰囲気と、大正時代を彷彿とさせる神谷バーとデンキブランの雰囲気は、華やかなりし日本を感じさせ、田嶋にとっては魅力的だった。一人で考え事をしたい時には、静か過ぎるよりは、少々背景に音がある方が良いのだ。静かで暗い場所では考えも暗くなりそうに思えてしまい、田嶋は敬遠していた。
デンキブランを傾けながら、田嶋は晴れない気分のまま考え続けた。
山内と田嶋の写真を撮り人事部に送ったのは岩井であることは間違いないだろう。恐らく田嶋への対抗もあって探偵を雇ったに違いない。田嶋は、まずは怪文書への対応をしなければならない。人事部内で疑われていては、山内への約束も果たせない。
やはり、全ての証拠をそろえて反論しなければならない。
神谷バーを出た田嶋は、自宅で本日行うべき事を綿密に確認した。