「証拠はありませんが、中野坂上支店の岩井支店長と少々問題を抱えております」
「山中部長からも、簡単な経緯は聞きました。では、岩井さんがやったということですかね」
「私には分かりません。しかし、今回の岩井支店長への対応の端緒は山内さんからの連絡です」
「そうですか。この文書が事実ではないことを、田嶋さんのために祈ります。しばらくは中野坂上支店には関わらないようにしてください」
「しかし、現状で問題が起きています」
「対処は山中部長がなされます。田嶋さんが動かなければならない事象が他に発生した場合には、代わりに私が対応します」
「それでも」田嶋が食い下がると、伊東が苛立ちを隠しきれずに声を張り上げた。
「あなたは山内さんと何も無いと言っていますが、問題があった時に責任を問われるのは私です。田嶋さんは信じられる人かもしれない。でも、なぜあなたのために私がリスクを取らなければならないのですか」
驚く田嶋に伊東は一枚のカラーコピーを示した。
そこには中野坂上支店の近くの喫茶店で談笑する昨日の田嶋と山内が写っていた。しかも、山内が田嶋の手を握っている。
「分かっているとは思いますが、銀行員で行内の不倫は厳禁です。特にあなたは、行員に範を示すべき人事部所属です。これが本当であれば、罪は重いですよ。銀行本体に残れるとは思わないで下さい」
そう言って伊東は会議室から出ていくように田嶋を促した。
田嶋は反論しようとしたが、何か反論できる証拠がある訳ではない。身に覚えのないことで告発されるのが初めてだった田嶋の気持ちは澱んだ。怪文書を見たことは何度もあったが、まさか自身が怪文書の対象となるとは思わなかった。伊東の反応を見る限り、田嶋を信用していないことは明らかだった。