事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部47

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 山中に相談して二日が過ぎたころ、人事部宛に差出人不明の書面が届いた。宛先は山中人事部長殿となっていた。

 

 午後一番に田嶋は副部長の伊東から会議室に呼ばれた。入室するなり、伊東が話し始める。

「田嶋さん。困ったことになりましたよ。」

 そう言って、書面のコピーを田嶋に見せた。

『御行の人事部に所属する田嶋は、同期である中野坂上支店の山内と不倫関係にある』

 書面にはそのように書いてあった。

 田嶋は最初、この文面の内容が頭に入ってこなかった。理解出来なかったのだ。

 しばらくして意味を理解した田嶋は伊東に聞いた。

「これは何でしょうか」

「それを聞きたいのはこちらです。まず事実確認しましょう。後で嘘を言っていたことが分かったら厳しく対処しますからね。田嶋さんと山内さんは、この書面にあるような関係ですか」伊東の目がメガネの奥で光ったように感じた。鷹が獲物を狙う目というのは、このようなものなのだろうか。

「いえ。事実ではありません」

「そうですか。では、これは怪文書ということですね」

 銀行の人事部には怪文書が送られてくることは珍しくない。数万人も行員がいるのだ。個人間でも毎日のようにトラブルは起きている。人事部も全てを調査していると人手が足りない。特に、怪文書で多いのが不倫の告発だった。

「この怪文書を送る相手に心当たりはありますか」

 一人だけ存在した。もちろん中野坂上支店の岩井だ。