事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部45

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「部長。岩井支店長は暴走しかけています。これは私の行動が裏目に出たものです。私へのお叱りはあるかと思いますが、まずは中野坂上支店への対処です。私としては岩井支店長の異動を諮って頂きたいと考えています。もちろん、部長から一旦は注意をして頂くという方法もあるかと思いますが、支店メンバーとの信頼関係が完全に毀損してしまっています。銀行は人が全てです。岩井支店長を異動させるべきです」

 山中は田嶋の説明中、スマホをいじりながら聞いていた。山中が悩んでいる時の癖だ。1分は沈黙が流れただろうか。山中が顔を上げた。

「分かった。リテール部門の常務とまずは相談する。山内さんのメールだけではなく、他の支店メンバーからの裏を取って明日の17時までにA4一枚の資料に纏めておいてくれ」

 そう言って、山中は会議室を退出した。

 

 岩井の異動については、山中が役員と相談したようだったが、田嶋にはそのフィードバックはなかった。田嶋の役割は、あくまで支店長未満の行員の人事異動、人事評価であって、支店長以上の異動は役員案件だ。

 

 翌日、田嶋は山内と新宿の喫茶店にいた。時刻は18時45分。山内からの呼び出しだった。

 山内は少し遅れてきた。この日は朝から雨が降っていて、夕方に雨が強くなっていた。山内は、薄いピンクの折りたたみ傘をたたみながら、田嶋の座る席に近づいていきた。

「遅れてごめんなさい。出掛けにお客様からクレームか入っちゃって」

 そう言いながらテーブルの向かい側に座った山内は、店員にホットチョコレートを頼んだ。そして、今日あった出来事を話し始める。

 田嶋は、支店長の岩井についての相談があるものと思っていたので拍子抜けした。

 山内によると、最近の株式相場の下落によって投資信託の保有顧客から、損をするとは聞いていないといったクレームが相次いでいるらしい。また、他の銀行に比べると帝國銀行は投資信託を無理に販売していないが、それでも本人の家族が問題視し、「高齢の両親を騙したのか」といった息子・娘からのクレームは多いようだ。

 そんなことをひとしきり喋った後に、山内は突然話題を変えた。