事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部44

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 二週間後、田嶋は山内にスマホからメッセージを送った。

『岩井さんの様子はどう?』

 1時間ほどして返信された山内のメッセージは長い文書が記載されていた。

『岩井支店長のパワハラは加速しています。恐らく人事部から注意を受けたから、周りの部下全てが告げ口をした敵だと認識しているみたい。毎日当たり散らしています。自分は頭取のお気に入りで将来の役員だから、誰がどのような陰口を叩こうが人事部に私は止められないと大声で言っていました。そして、来週、スタッフさんが二名も急遽退職することになりました。職場の雰囲気が耐えられないから辞めると言っています。支店長の近くにいる事務課の課長は、支店長の席側の耳が聞こえなくなって病院に通っています。私も体調が悪くて。真島さんは、様子がおかしくなってきていて、稲垣さんが銀行を辞めさせたいと言っていました。中野坂上支店は地獄です』

 田嶋は山内のメールを見て、自分が岩井を買いかぶっていたことを反省した。もう少し精神的に強い人間だと勘違いしていたのだ。事態は悪い方向に進んでいる。

 

 田嶋は山中に状況を説明すべく山中の時間を押さえることにした。執行役員人事部長は多忙極まりない。それでも今日の22時20分であれば時間が取れそうだった。それまでの間に田嶋はA4一枚で状況説明の資料を作ることになる。もらえる面談時間は5分程度だ。5分でミーティングを終わらせる資料作りというのは難しいものだ。役員はA4一枚の資料ならば、数分で作成が出来ると信じているだろう。しかし、短時間でミーティングを終えるためには、起きている複雑な事象のエッセンスを抽出し、分かりやすい順番で並べ、最後の結論が、その役員、そして銀行にとってどのような影響があるのか、メリット・デメリットが容易に想定できなければならない。今は12時50分だ。今日の田嶋の予定を考えれば作業に充てられる時間はわずかだ。田嶋はすぐに資料作りを始めた。

 山中の時間が取れたのは22時25分だった。前のミーティングが長引いたのだ。会議室に入るなり、田嶋は山内のメール内容を山中に見せ、その上で対処策について自身の考えを述べた。