事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部43

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「田嶋、ちょっと来てくれ」

 人事部長の山中に田嶋が呼び出されたのは翌日の朝7時30分だった。働き方改革が進んだといっても銀行の中で人事部は聖域だ。他部署には業務時間中にしか会議をやらないように指導していても、人事部内のミーティングは業務時間外が一般的だった。そもそも山中は毎朝7時00分までに出勤している。部長が早いので他の管理職も7時30分までには勢揃いしていた。

「岩井に何を言った?」

 山中はストレートな性格だ。田嶋も常に直接的かつ短く回答するようにしている。

「パワハラの訴えが続いているので、行動を改めるようにお願いしました。但し、法律上のパワハラとして認定されているような行動は確認できていないことも伝えてあります」

「岩井は、頭取とリテール担当役員のお気に入りだ。当行初の女性取締役となる可能性があることは理解しているだろう。俺も昔からの知り合いだ。岩井からは『やまぽん、あの堅い子をどうにかして』とまで言われたよ」頭をかきながら山中が苦笑している。しかし、田嶋は見逃さない。山中の目は笑っていなかった。この回答は山中の田嶋への評価を決定づけるだろう。田嶋は少し多めに息を吸って、話し出した。

「部長。お伝えしたいことがあります」

 

 山中とのミーティングは30分に及んだ。通常は10分が多いから今回は3倍だ。山中の指示事項は、岩井のパワハラ言動が収まるのであれば、事態を静観するというものだった。人事部としても安易に支店に介入するのは望ましくない。前例を作ってしまうと、支店の行員が口裏を合わせて、例えば自分たちにとって都合の悪い支店長を追い出そうとする可能性があるからだ。

 そして、岩井については既に中野坂上支店長として一年半が経っていることから数ヵ月後に異動させると山中は方針を出した。不倫については当人同士がもめた訳ではないため無視するということにした。