事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝国銀行、人事部40

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 田嶋は、中野坂上支店長の岩井が本店に来るタイミングを見計らいアポイントを取った。場所は人事部の会議室だ。岩井は中野坂上支店の人事異動の相談だと考えているだろう。

 17時30分きっかりに岩井は人事部のフロアに来た。

 岩井は、黒い上下のスリムなスーツを着こなしている。髪はセミロングで、やや茶色がかっている。肌はかなり日に焼けているように見える。イメージとしてはサーファーがスーツを着ていると言えば良いだろうか。精力的な雰囲気を持っており、若い男性と不倫していたとしても全く違和感はない。

 田嶋は人事部の会議室へ岩井を招き入れた。簡素な作りの応接セットだが、この会議室で様々な行員の人生を左右する決定がなされてきた。

 支店長である岩井と人事部の主任調査役でしかない田嶋との間には、行内の役職のみならず年次という大きな差が存在する。銀行員にとって年次の差は非常に大きい。順調に出世している者同士の間では、年次の差は絶対とみなされることもある。一年でも年次が違えば、先輩を立てたり先輩に従うことが多い。岩井と田嶋は5年の年次差だ。田嶋からすれば、非常に大きな差だった。

 それでも田嶋は岩井と対峙しなければならなかった。会議室へ入った岩井に対して、田嶋から頭出しをする。

「岩井さん。最初に申し上げておきますが、本日は人事異動についてのご相談ではありません」

 岩井は少し驚いた顔をしたが、一瞬で表情を消し田嶋に先を促した。

「渉外担当の真島さんへの指導についてです」

 田嶋が用件を切り出したことで、警戒が緩んだのだろう。岩井に表情が戻った。わずかに眉を寄せたところを見ると、少し面倒だと感じているようだった。

「人事部が行員向けに実施しているアンケートで、貴店内でパワハラがあるとの回答が非常に多くありました」淡々と田嶋は説明を開始する。相手の役職が上の場合、このような話題は感情を抑えた方が良い。相手がどのように感じるか、考えているか分からない段階では、極力こちら側の情報を与える必要はないのだ。