事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝国銀行、人事部39

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「でも、稲垣さんからだけの情報だったら、稲垣さんが嘘をついている可能性もあるんじゃない?」

「確かにそうね。でも恐らく間違いないよ。理由は簡単。あの二人が営業時間中に会社の車でホテルから出てくるところを目撃しているから。しかも二回」

「まじか」

「そう、マジ。私は二人が行っていたホテルの近くにお客様の仕事場があるの。ご自宅にいらっしゃらない時には、その仕事場にお伺いしていたのね。それでたまたま目撃しちゃった。うちの銀行の営業車って白い軽自動車じゃん。古いし、チープ過ぎて逆に目立つのよ。それで、稲垣さんには、きちんと見たことを話したの。そうしたら稲垣さんは正直に教えてくれたのよ。もちろん私は誰にも口外はしていないよ」

「岩井支店長がね~。将来の役員候補なんだけどな」

「稲垣さんが言うには、その役員候補っているプレッシャーが凄まじくて、ストレスが溜まっているみたい」

「ストレスって言ってもな。それで不倫して良い訳じゃないしね」

「そうね。男と女というのは良く分からないね。独身の私が言うことじゃないけど」そう言って山内は笑った。少し寂しさのこもった笑いだったように田嶋には感じたが、考え過ぎだろうか。

「今までの話を総合すると、岩井支店長は稲垣さんの彼女である真島さんに嫉妬をしていて、仕事という形を取りながら真島さんをいじめている、ということで良いのかな」

「その通り。岩井支店長は真島さんを長ければ2時間指導し続けるわ。立たせっぱなしで。しかも、その指導している時は決まって夕方で、たぶん稲垣さんと約束がありそうな時を狙っている。会社のシステムに登録されている部下のスケジュールは見ることが出来るから、真島さんと稲垣さんのスケジュールを確認すれば予想は付けられると思う」

「陰険だな」

「女の嫉妬ってそんなものよ」

「今後の対応だけど、岩井支店長と話をするつもりだ。周囲からパワハラの心配の声が上がっているようだと伝える」

「そんなことしたら私が疑われない?」

「大丈夫。定期的に取っているアンケートの数字が悪いから臨店していることにしてあるから」

「なるほど。アンケートなら匿名だから皆が好き勝手に書いているもんね」

「そういうこと。岩井支店長が真島さんへの指導を超えた対応を改めれば良いんだけどね。久しぶりに話も出来て良かったよ。ありがとう」

「忙しい中、来てくれてありがとうね。岩井支店長と真島さんのやり取りを見ていたら、こちらがつらい気持ちになっちゃって。精神を病みそうな気がしたから、助かった」そう言って山内は笑った。田嶋もつられて笑う。

「銀行は人が全てだよ。こちらこそ相談してくれて感謝だよ」

「田嶋君。今度、久しぶりに飲みに行こうよ」山内が笑いながら言う。

「そうだね。今度ね」田嶋も笑顔で返したが、心の中では申し訳ない気持ちだった。人事部担当は一般の行員とは基本的に飲みに行かない。禁止されている訳では無いが、暗黙の了解だ。酔っ払って重要な情報を話しかねない。田嶋も本当に気のおけない男性同期とたまに飲みに行くだけだ。女性とは飲みに行くのは厳禁だと言っても良いだろう。誰から疑われるか分からない。

 田嶋は山内と一緒に中野坂上支店の会議室を出た。そのまま支店を出る。支店長との面談は後日だ。外に出ると空は既に暗くなっていた。暗くなったと言っても、24時間活動する東京の空だ。中途半端な暗さの空は、岩井との面談でどのように話をするかを迷う田嶋の心の中のようだった。