事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部36

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「失礼します」少し鼻にかかった女性の声が聞こえ、扉が開く。入ってきたのは同期入行の山内早苗だった。

 年齢は田嶋と同じで41歳。就職氷河期世代だ。かなり前だったが、同期会で隣になった時には三鷹に実家があり、実家から通勤していた。三鷹は様々な企業の災害対策用拠点があるぐらい安全な立地で、少々の地震が来ても地盤が固いから大丈夫と話をしていた気がする。まさか、その後に東日本大震災が来るとは思わなかったが。

「お久しぶりです」田嶋は椅子から立ち上がり、山内を迎えた。

「お久しぶりです」山内も久しぶりだからか、それとも仕事だからか堅苦しい挨拶だ。同期なのに敬語になってしまう。

「10年ぶりかな」田嶋が場を和ませるように、話題を振った。

「うん。田嶋君は元気そうだね」山内が少し表情を崩して口を開く。

 山内は同じ歳とは思えないほど若く見えた。独身だからだろうか。田嶋はこの10年ですっかりと「おじさん」になっていたが、山内は30歳台半ばと言っても通じるのではないか。

「まあ、元気にしているよ。結婚もして子供もいるから、すっかりお父さんになっちゃったよ。山内さんは変わらず?」

「ええ。未だに独身よ。でも、実家を出て独り暮らしはしているよ。親の世話になりっぱなしなのは社会人として申し訳なかったし、結婚はまだかって父がうるさくて」苦笑いしながら話す姿は昔のままだ。

「どこに住んでいるの?」

「中野坂上」

「会社の近くじゃん。通勤が楽でしょ」

「通勤は12分ぐらいかな。NHKの朝ドラ見てからでも出勤出来るよ」

 そんな他愛もない会話を数分交わす。田嶋はすっかり新入行員時代の感覚に戻っていた。しかし、今日は仕事だ。田嶋の頭の中の冷めた部分が現実に引き戻す。本題に入らなければ。

「ところでメールの件なんだけど」

「うん。突然、メールしてごめんね。相談出来る人が田嶋君しか思い浮かばなかったの」

「で、どういうこと?」