事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部35

f:id:naoto0211:20200822151150j:plain

 同じ会議室では、あまり時間を置かずに山内との面談を始める予定となっていた。既に16時50分を過ぎている。内田との面談は想定を超える50分となっていた。

 殺風景な部屋に田嶋が一人取り残されている。

 目の前には長いテーブルがある。折り畳み式で、邪魔な時には畳んで会議室の壁際に置いておくことが出来るタイプだ。天板は濃い茶色の木目調となっているが、よく見れば単なるプリントが貼ってあることが分かる。よくあるタイプのテーブルだ。このテーブルの上に田嶋はメモ帳を置いていた。

 田嶋は外出時のメモ帳にロディアNo.11を使っている。ロディアNo.11はオレンジの表紙と、淡いパープルの方眼が印象的で片手で持つことが可能な定番シリーズだ。世界87カ国以上で愛用されるシリーズであり、軽量で持ち運びやすいだけでなく、筆記具を選ばないスムースな書き味が特徴だ。印刷された淡いパープルの罫線は目に優しく快適な筆記をサポートしてくれる。独自の撥水加工による丈夫な表紙と、豊富なサイズバリエーションに特徴があり、田嶋は20歳代後半から愛用している。そのロディアNo.11に、エピュレと名付けられた、しなやかなオレンジの合皮カバーを付けている。この合皮カバーの表紙にはロディアの素押しロゴが刻印されていた。今の時代は、本革よりも合皮の方がおしゃれと妻から指摘されて、それまで使っていた古い本革のカバーから替えたものだ。

 このロディアを生んだ会社は、フランス第二の都市リヨンで、紙を扱う商人によって1932年に創設されていた。設立まもなく弟も経営に参加しており、社名は、「ヴェリヤック兄弟社」。1934年にヴェリヤック兄弟社がメモパッドを含む製品の名称として<RHODIA>を誕生させていた。このブランド名は、フランス四代河川のひとつ、リヨンを流れるローヌ川(RHONE)に由来していることで有名だ。今ではすっかりおなじみの二本のツリーを模したマークは、紙の原料「木」であると同時に、創立者二人の兄弟の絆を象徴するものだった。

 田嶋はこのようなストーリーがある文房具を好む。毎日使うだけに、単なる実用一辺倒ではなく、製作者の背景や想いが感じられるほど、田嶋に満足をもたらしてくれた。田嶋にとって仕事は単なる生活の糧ではないように、文房具も単なる道具ではないのだ。

 このロディアのメモ帳を見ながら、田嶋は考えていた。

 『内田が言っていたのはどのような意味だろうか。山内は何を田嶋に伝えたいのだろう』

 その時、会議室の扉がノックされた。