「私が知る限りでは当店にセクハラはありません。中村副支店長は、嫌みな感じなので生理的に嫌われていますが、女性が多い職場なのでセクハラはしません」田嶋は思わず吹き出しそうになった。やはり中村は嫌われているのか。錦糸町の頃から変わっていない。
「一方で、パワハラはあるかもしれません。岩井支店長の言動は見る人によってはパワハラとなると思います」内田は今までとは異なり歯切れが悪かった。それもそうだろう。中野坂上支店長の岩井は、帝國銀行の数少ない女性支店長として期待されている。まだ40歳代半ばだ。中野坂上支店が初めての支店長で、今後は大きな店にステップアップ出来るかを経営陣から試されているところと言える。将来の役員も狙えるポジションにいた。何よりも、帝國銀行として女性役員を育成するのは重要な経営課題の一つなのだ。
2018年に改定されたコーポレートガバナンス・コードに、取締役会の構成について『ジェンダーや国際性の面を含む多様性』が明記され、同時に金融庁が公表した『投資家と企業の対話ガイドライン』に『取締役として女性が選任されているか』との一文が盛り込まれた。実際に、東京証券取引所1部上場企業のうち、時価総額や流動性の大きい上位100社の女性役員の割合が初めて10%の大台に載ったことが先日話題になった。日本企業の役員に占める女性の割合向上を目指す企業や団体で作る組織調査で判明したものだった。
まさに日本を代表する銀行の一つである帝國銀行でも女性役員の育成は必要なのだ。同じ能力がある男性行員と女性行員がいるのであれば、現在は女性行員を政策的に引き上げたいところだった。そのため支店長の岩井には大きな期待がかかっていた。