事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部31

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 面談は16時から支店の会議室で行った。本来は女性と二人で会議室に入りたくはない。そもそもコロナ後であったとしても密になるような場所は避けたい。そして、そもそも女性と二人で密室にいると、どのような疑いをかけられるか分かったものではないからだ。しかし、人事部の面談は他者に聞かれたくない話題の宝庫だ。残念ながら個室で行われる。

「内田さん、本日は貴重なお時間を頂戴しありがとうございます。早速ですが、最近の支店の雰囲気はどうですか」最初の質問はこのぐらい漠然としていた方が良い。回答者が様々な憶測を勝手にやってくれる。

「渡辺さんの産休の件ですか。それならご心配なさらなくて良いです。窓口業務は基本的に契約社員で対応していますし、近時は様々なシステム対応もなされて効率化されてきています。そもそも、この中野坂上支店は空中店舗です。来店客数は移転前の時に比べて4割程度になっていると思います」内田は意志の強そうな、はっきりとした声で答えた。

「そうなんですか。しかし、一部の方からは人員数のことで不満が上がっているようなのですが」

「それは根本的な問題ではありません。本質的な問題は、女性の間で分裂が起きていることです」

「分裂というと」

「簡単に言えば、独身女性もしくは子供がいない女性と、子供がいる女性との間の対立です」

「どういうことですか」

「子供がいる女性は、どうしても勤務時間が限定されます。そして、もちろん残業は出来ません。その分が、私のような独身女性やお子さんがいない女性に割り振られます。中野坂上支店は、移転後に人員が大幅に減ったのですが、お子さんがいらっしゃる時短勤務の女性の割合が半分以上となっています。他のお店よりもフルタイムで働ける女性への負荷が高いのです」この状況は田嶋には想定通りだった。なぜならば中野坂上の人員配置案を作ったのは当然ながら人事部の担当である田嶋である。

「ご面倒をかけています」田嶋は頭を下げた。

「いえ、人事部さんからの謝罪なんて必要ありません」内田の厳しい声がして、田嶋は慌てて頭を上げた。