事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部29

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 田嶋は支店に入ると、まず副支店長宛に挨拶に行く。副支店長の中村は、入行店の錦糸町支店で一緒だった。その頃、中村はまだ4年目、田嶋は新入行員だった。

 山内には、店内で変な勘繰りをされないように、近くの店舗に訪問した帰りに中野坂上支店にも立ち寄った形を取ると伝えてあった。

「久しぶりだな。今は人事部様か。お前も偉くなったな」中村が挨拶に来た田嶋に声をかける。

「大変ご無沙汰しております。あの暴れ者の中村さんが、支店の法令順守の要である副支店長をやってらっしゃるのが信じられません」田嶋も軽くやり返す。これも古い知り合いだからなせる技だ。

「良く言うよ」笑いながら中村は声をひそめる。

「で、本当の目的はなんだ。理由もなく人事部が来るわけがないだろう」中村はかなり警戒しているようだ。

 田嶋はこのような状況に慣れている。

「さすが中村さん。ただ、あまりご心配なさらなくても良いとは思います。この間実施していた職場環境のアンケートの数字が少し悪かったんですが、従業員組合からも少し気になると聞いているんですよ」

「そうか。従業員組合からか。それなら、渡辺さんの件だろ」中村は納得したようだった。

 1ヵ月前に渡辺真由子という窓口担当が産休・育休に入った。その渡辺の抜けた後に補充が無いのだ。帝國銀行は、各店の人員を順次減少させていっている。もちろん、田嶋の人事部がコントロールしているが、これは経営方針だった。可能な限り経費率を低下させるのだ。それしか、マイナス金利の状況を打開は出来ない。

 中野坂上では元々の人員が少ないだけでなく、子育て中の時短勤務者が多い。そのため、独身者や子供のいない行員にかなりの負担がかかっており、不満が募っていた。田嶋はこの状況を知っていたために、中村に警戒を抱かせることを回避できた。