事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部27

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 夜遅くだった。

 田嶋のスマホに同期の山内早苗からメールが入った。山内からメールが来るなんてことは、この10年はなかったはずだ。かなり前に同期会であったきりだ。そもそも、同じ銀行だから何か用事があれば、会社のメールで送れば良い。それを田嶋の個人メールアドレスに送ってきたのだから、何かあるに違いない。

『突然、ごめんなさい。同期の山内です。今のメールアドレスが分からなかったから、島田君に聞きました』そんな文書からメールは始まっていた。

 そうか。田嶋はつい先日、スマホを大手キャリアから格安スマホに乗り換えたところだった。キャリアでずっと使っていたメールアドレスは消滅させていた。格安スマホに変えたところ、毎月の支払は三分の一ほどになった。しかも、格安スマホ運営会社の系列のクレジットカードで支払うことにしたのでポイントもたまりやすい。しかも、このポイントでスマホ代を支払うこともできる。昼と夕方の混雑時には少し通信が遅くなる傾向にはあったが、田嶋はそこまでスマホを使うことはない。動画もほとんど見ない。そのため、大手キャリアから格安スマホへの切り替えには非常に満足していた。

 ただし、キャリアのメールアドレスは無くなる。しかし、代わりにフリーのメールアドレスを使うことにすれば、それ以降はキャリアを固定せずに乗り換えることができる。山内にはメールアドレスを切り替えたことを教えていなかったことを、少しだけ申し訳なく思った。しかし、今はメールで同期と連絡を取り合うことは少ない。田嶋はほとんどの知り合いにメールアドレスの変更を伝えていなかった。

『田嶋君は私がいる中野坂上支店を人事部で担当しているんだよね? メールで相談することじゃないかもしれませんが、うちのお店では深刻なパワハラが起きています。就業時間が終わったら丸の内に行きますので、相談に乗ってくれませんか』山内のメールは短く、パワハラを相談したいと書かれていた。