事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝国銀行、人事部25

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「おう。変わりないか」島田がおしぼりをテーブルに置きながら言った。

「こちらは、相変わらずだ。人事に前向きな仕事は無いよ」田嶋は店員からおしぼりを受け取りながら言う。日本の居酒屋はおしぼりを出してくれる。これがどれだけ素晴らしいことか、日本にずっといる人には分からないだろう。今は関係ない話だが、ふと田嶋は思い出した。

「どうした? 疲れているんじゃないか。きちんと寝てるか」島田が心配そうに聞いてきた。田嶋がおしぼりのことを考えて暫く固まっていたからだろう。

「いや。最近は人事部もホワイト化しているさ。一応、日付をまたいで帰ることはないよ」

「そうなら良いんだがな。うちの部署は若手ばかりだから本当に大変だぞ。お前も現場に出て見ろ。三六協定も見直してくれよ。残業出来ない部下の代わりに俺が稟議書まで書いているんだぞ。体がいくつあっても足りないよ。この前なんて、接待終わった後に銀行に戻って仕事しちゃったよ。いつの時代だよ」島田の口から愚痴があふれる。

 労働基準法(労基法)は、1週間に40時間、1日8時間を超えて労働させてはならないと規定している(同法32条1項、2項)。これが法律で定める「法定労働時間」だ。すなわち、この時間を越えて働けない、働かせてはいけないというのが日本の原則なのである。誰も意識していないが、これがルールなのだ。その上で、会社が、労基法の限度を超えて従業員を働かせるには、非常事由による場合(労基法33条)を除き、いわゆる三六(さぶろく)協定を締結し届出ること(同法36条)が必要だ。三六協定と呼ばれているのは労基法36条に内容が定められているからであり深い意味は無い。

 三六協定には、時間外・休日労働をさせる事由、業務の種類、労働者の数、延長できる時間数及び労働させる休日数の上限を定める必要がある。三六協定を結ばず、この協定書を労働基準監督署に届け出ていない場合には、会社の残業命令は違法だ。会社は従業員に残業をさせることは出来なくなり、従業員も会社から残業を命じられても拒否できることになる。これは大企業だろうと、中小企業だろうと変わりはなく、全企業が法律で規制されている。

 三六協定を締結するには会社のみならず、当然、締結の「相手」が必要だ。

 この締結の相手方は「労働者の過半数を代表する者」であり、労基法上の管理監督者(労基法41条2号)に当たらない者で、かつ従業員の意思が反映されるような民主的な手続で選出された者であることが必要だ(労基法施行規則6条の2)。

 そのため「従業員の過半数で組織する労働組合」か「従業員の過半数を代表する者」が三六協定の締結相手となる。

 島田が主張する三六協定の見直しは簡単なものではない。労働組合との締結ということになれば、労働組合は意思決定を行う必要がある。各拠点の代表を集めて意思決定を行う大会を行わねばならない。時間もコストもかかるのだ。