事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝国銀行、人事部23

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「このように背広=スーツについては、会社が支給した場合に経費として非課税とはなりません。そのため、会社にスーツを従業員に支給するインセンティブはほとんど無いということになります。そして、私服として使え、給与所得控除もあるのだから、従業員個人でスーツは準備して下さい、と会社は考えているのです」

 メガネ君が大きくうなずいた。

「ありがとうございました。銀行員って何でも知っているんすね。他の企業の担当者からは、こんなに詳しく、分かりやすい解説を頂いたことはありませんでした」メガネ君は一度立ち上がり、頭を下げてから座った。田嶋の完勝だ。

「いえ。私は人事担当だから、知っているだけです。でも、銀行員はかなりの知識を要求される職業です。しかも短期間で覚えなければなりません。まず、ベースとなるのは会計と民法の知識でしょう。そして、税務知識も必要です。法人の担当だと、業界知識も必要です。海外の法制度や商慣習について知っておいた方が良いですね。勉強すべきことは山ほどあります。一生勉強です」

 学生達から自然と拍手が湧き上がった。田嶋はくすぐったいような気分になったが、素直に嬉しかった。

「私は、銀行は人が全てだと思っています。もし皆さんが当行の一員になることがあれば、頑張って勉強してもらいますよ」田嶋が冗談めかして言うと学生達が笑った。

 人事部の担当は楽しいことはほとんどないが、たまにはあるのだ。今日は帰ったらビールでも飲もうと学生を眺めながら田嶋は考えていた。

『いや。やはり、いつもの第三のビールが良いな。今や慣れてしまって、ビールよりもうまく感じる』そう考えてから、心の中でため息をつく。

『こんなんだから、貧乏人のままなんだ』

 そう、自分は大物にはなれない。田嶋も自分のことは分かっている。なんせ40年以上を田嶋貴男として生きてきたのだから。