事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝国銀行、人事部19

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「ご質問頂いてありがとうございます。良い質問ですね」

 田嶋は学生から質問が出る度に、このように伝えることにしている。質問しやすい雰囲気を作るためだ。

 今の学生はSNSや就活サイトに何でも書き込む。印象が悪ければ、自分の名前が世の中にさらされかねない。

「企業に勤める会社員にも必要経費は認められています。これは『給与所得控除』という制度でして、年収によって控除される額が決まっています。国税庁のホームページに給与所得控除の計算式が掲載されているので、誰でも計算出来ます。給与所得控除とは、銀行員などのいわゆるサラリーマンに適用される控除です。所得税等の計算の基礎となる給与所得額を求める際に年間給与等収入額に応じて差し引かれるものです」

 田嶋は記憶を辿りながら答える。

「個人事業主は売上から経費を差し引くことで事業所得を計算しますが、会社に勤める会社員の所得を同様の方式で求めようとすれば、スーツや靴などの経費を個別に計算することになります。会社員の給与は会社が税金等を源泉徴収して支払いますので、会社が従業員一人ひとりに経費精算手続きを取るのは非常に煩雑で現実的ではありません。そのため、会社員のような給与所得者にとっての経費の代わりとなるものが給与所得控除であり、年収に応じて一律に計算することになっています」ここまでは完璧のはずだ。

 田嶋は大学の講師になった気分で解説を続ける。

「給与所得控除は、個人事業主と会社員との公平性を保つ働きと、会社員の給与所得控除を一律で計算することで税処理を簡便化する働きがあります。例えば、年収400万円の人の場合であれば、給与所得控除額は400万円×20%+54万円=134万円となります。会社員の所得税や住民税を計算する時に、スーツ代など必要な経費が一定程度あるとみなし、給与収入から差し引く仕組みが給与所得控除です。ここまで宜しいでしょうか」

 田嶋が目の前に座る男子学生がうなずく。まだまだ、幼い顔立ちだ。こんな学生達が本当に厳しい銀行でやっていけるのだろうか。

「先程ご質問のあったスーツ代はこの給与所得控除により経費として認められているというのが現状なのです。給与所得控除という仕組みについてご説明しましたが、片手落ちと言われないように、もう一つの特定支出控除という制度についても念のためご説明しておきます。うちの銀行の人事担当が無能だと皆さんがネットに書き込まないようにね」

 少しだけ学生達から笑いが起こった。だいぶ感触は良いようだ。