事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部18

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 ここは採用セミナー会場の片隅だ。田嶋は採用の手伝いで訪れていた。田嶋の目の前には数十人の学生が座り真面目にメモをしている。どの学生もいわゆるリクルートスーツで固めている。男性はネイビー、女性はチャコールグレーかブラックだ。個性を感じることはない。

 経団連は新卒一括採用をやめて、通年採用に切り替えるべきだと提言しているが、今までの慣習や効率性を考えると、どうしても新卒一括採用に近い運用が主になってしまう。また、新型コロナウィルス感染症拡大後は、Web上でのセミナーや面接が一般化したが、それでもリアルのセミナーや面接の方が人気はある。やはり得られる情報はWebよりもリアルの方が多いということなのだろう。

 今回のセミナーは、10名ほどの学生に銀行の担当者が一人付き、質問に答えていくというオーソドックスな形態だ。採用には直接関係ないため、学生達は自由に銀行の担当者へ質問が出来る場だった。

 このようなセミナーでは、銀行の雰囲気や、入行後にどのような勉強・資格を取ったら良いかといった質問が通常は並ぶ。いつものパターン通りに田嶋が回答をしていると、一人の学生から珍しい質問が出た。

「個人事業主は経費を売上から差し引けるという話や、企業経営者なら会社の経費を使えるという話を聞いたことがあります。サラリーマンになったらスーツを買う必要がありますが、その費用はバカになりません。銀行には補助制度がないのでしょうか」

 なかなか面白い視点の質問だ。

 田嶋は改めて質問者の学生を眺めた。濃いネイビーのスーツ、白いワイシャツ、黒革のシューズ。どれも高いものではなく、リクルート用だろう。色白で、少し神経質そうな顔つきの男子学生だった。面長の顔立ちだが、黒縁メガネが少し顔からはみ出ているように見える。心の中でメガネ君と名付けた。