事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部17

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 山階が退出した会議室で田嶋は一人で天井を見上げていた。とにかく、今回は乗り切った。それだけだ。

 今日も田嶋は面談後に本店に帰る。上司の伊東は、いつも遅くまで残っている。確かに忙しいのだろうが、人事部長が帰らない限りは帰らないという方が正しい。

 

「伊東さん。本日のご報告があります」

「何ですか、改まって。悪い話ですね」

 伊東は一見話しやすいタイプだ。いつも丁寧な言葉遣いであり、顔つきは優しげだ。笑顔も時折見せる。しかし、本当は面倒に巻き込まれることを嫌う。リスクがあることは判断をしない。典型的な官僚タイプだ。

 田嶋は、今回の山階との面談内容について順を追って説明した。田嶋の懸念通り、伊東は外部の組合の話が出た際に、顔つきが変わった。

「田嶋さん、その山階という行員ですが、要注意人物として人事情報に登録しましたね?」

「もちろんです」

「その人物については細心の注意を払って対応していって下さい。どんな小さなことも私と人事部長へ報告するように」

「承知しました」

「しかし、田嶋さんは運が良いですね。その行員が外部の組合に入っていたら、田嶋さんの責任が追及されていたと思いますよ」

 そう言いながら、伊東は田嶋に笑いかけた。

 田嶋は、この伊東の笑顔が怖いものであることを知っている。既に何名かの人事部員が伊東に左遷させられている。ここで外部の組合が入り込んでくる隙を田嶋が作ったと人事部内で認定されてしまったならば、田嶋の将来は無かったかもしれなかった。人事という仕事は目標がある訳ではないので、実績を出しても大きく評価されることはない。一方で、問題を処理出来なければ、著しい減点をつけられる。割に合わない仕事だった。