事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部16

f:id:naoto0211:20200530173920j:plain

「山階さんが言及されたのはあくまで地方裁判所レベルの判決です。最高裁で判決が出て、初めて日本全体でのルールが決まっていくのでしょう。当行としては、現行の人事制度および労働時間管理については問題が無いと考えています。でも私は貴店の担当です。皆さんの力になりたいと考えています。山階さんは、そこまでご不満なら、人事部に何をして欲しいのですか」山階のような人物と話をする際のポイントは『裁判で決着をつける』といった対決姿勢を避けることだ。その上で、人事部側からは解決策を提示することはしない。あくまで相手側から要求させるのだ。

 山階は田嶋から拒否されるだけだと思っていたのだろう。少し驚いた表情をして考え込んでいるようだった。

「私が望んでいるのは、適正な業務時間です。私一人に業務が集中している現状を解決して欲しいだけです」

「分かりました。人事部内のみならず、支店長とも協議しますが、貴店の外為課への人員増を検討します。それが叶わない場合には、もう少し業務量が少ない他の店に山階さんを転勤してもらうようにしましょうか。もちろん、現段階でお約束は出来ませんが」

 山階は暫く下を向いて何かを考えているようだった。

「私は今の支店が気に入っています。自宅からも通いやすいですしね。可能であれば、男性の社員を一名追加して欲しいですね」顔を上げた山下の目はビー玉から、普通の目に戻っていた。

「分かりました。最善を尽くします。普通なら人事異動について現場の方にお知らせすることはありませんが、今回は山階さんに結果を直接お知らせします。それから、管理監督者についての問題は宜しいのですか」

「はい。田嶋さんに対応頂けなければ、金融総連合労働組合に加盟することも考えていました。ただ、あちらの組合は月の組合費がめちゃくちゃ高いんですよね。確か、2万円と言われました。今は4,000円ぐらいなので、ちょっと厳しいです。会社が嫌いな訳ではないので、きちんと要望について対応頂けるのであれば、問題ありません」

 田嶋は心の中でガッツポーズをしていたが、表情には表さなかった。あくまで淡々と対応するように見せる。

「承知しました。では、本日はご意見を頂戴しありがとうございました。なお、一応申し上げておきますが、本面談にて山階さんが要望されたことは正当なことであり、山階さんに何ら不利益が発生することはありません。現場の問題を率直に伝えて頂いて感謝しています」

「分かりました。面倒なご相談をしてしまい申し訳ありませんでした。何卒よろしくお願いします」

「私は、銀行は人が全てだと思っています。今後も当行のためによろしくお願いします」

 面談は終了した。