事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部12

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「この通達をご存知ですよね」山階が暗い声を出す。

「これを知らない人事部担当は無能と聞きました。田嶋さんは明らかに驚いた表情をなさっていましたから、やはり知っているのでしょうね」そう言って山階は微笑んだ。先程まで田嶋の目の前にいた銀行の中で勝ち組ではなく感情的でさえない行員は消え、得体の知れない粘着質な人物が目の前にいる。

「この通達をなぜご存知なのですか」田嶋はやっとのことで口を開いた。

 山階は笑顔を貼り付けたまま声を発した。

「労働組合の人から教えてもらいました」

 田嶋は全てを悟った。

『外部の労働組合か。当行が外部の労働組合に狙われているということだろう。当行に第二組合が出来るかもしれないということか』

 日本の大抵の銀行では従業員組合と名乗る労働組合が組織されている。この従業員組合は銀行毎に組織されており、基本的には一銀行一組合だ。田嶋の所属する帝國銀行でも一つしか組合は公式には存在していない。

 銀行の従業員組合は会社と労使協調路線を歩む。基本的には会社寄りであり、御用組合と言われることもある。従業員組合は会社に忠誠を誓うエリートが専従職として就くポストであり、田嶋の銀行では、会社が専従職を秘密裏に指名している。

 外部の労働組合とは、この労使協調路線を阻むものと言える。もちろん、会社には複数の労働組合が存在しても法律違反ではない。日本の労働基準法では最低限の労働条件の制約を加えているが、労使は必ずしも対等な立場とは言い切れない。『低い労働条件では誰も働かない』というように、団結して行動することによって労働者が使用者である会社に対等な立場に近づこうとするのが労働組合だ。

 労働者が団結し、労働組合を作る権利は憲法で保障されている。

 

憲法28条(勤労者の団結権)
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

 

 しかし、一つの企業に複数の労働組合を作ってはいけない、もしくは労働者は他の労働組合に属してはならない等の法律は存在しない。

 それでは、なぜほとんどの銀行には一つしか労働組合が無いのか。答えは「ユニオン・ショップ」だ。