事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部10

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「私は、山階さんが、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有していると思います。外為は海外とのやり取りですから、時間も海外支店に合わせる必要があると思います。そして、当行は主任調査役としての山階さんに、その地位にふさわしい待遇、賃金をお支払していると思いますが」

 山階が田嶋の発言を遮る。

「そんな表面的な話は要らないんですよ。この前に計算したら、私の時給はマクドナルドのアルバイトより低いんですよ。残業時間を分かっているんですか」

 田嶋はまず三秒を心の中で数えた。そして、意識的にゆっくり話す。

「山階さんのご指摘の通り、長時間労働は当行にとっての大きな問題であり、人事部としても是正を目指しています。これは経営としても課題として認識しており、PCログ管理に始まり、時差勤務、在宅勤務システム、サテライトオフィス等の導入も実施してきました。さらに、全行施策として、会議の時間制限、不要業務・ルールの意見募集を行っています」

 田嶋は机の上で両手を合わせ、山階の目をしっかりと見据える。

「山階さんの労働時間から算出した時給が、アルバイトの時給を下回るというご指摘については、アルバイトと単純には比較が出来ないと思います。理由は、山階さんには会社が年金保険料を負担し、退職金や企業年金も会社が積み立てています。退職金や企業年金は給与の後払いとしての性格もあります」

 田嶋は口を閉じた。これで大抵の行員は黙る。反論の余地は無いはずだ。田嶋は目の前で組んでいた両手をほどき、山階の目から視線を反らした。

 山階は下を向いた。

『勝った』そう田嶋は思った時だった。

 山階が手に持っていたペーパーを更に一枚、机に乗せた。そして、無言で田嶋に差し出す。

 田嶋がペーパーに目をやるとそこには『都市銀行等における「管理監督者」の範囲(昭和52年2月28日基発第104号の2)』とのタイトルが書かれていた。

『何で知っている?』田嶋は驚きを隠しきれなかった。恐らく表情に表れただろう。