「ありがとうございました」かぼそい声で木村が頭を下げた。顔を上げた時には、瞳に少し光が感じられた。
「田嶋さんのように法律にまで言及して説明してくださった方はいませんでした。さすが人事のプロなんですね」
ここからがだめ押しだ。田嶋は優しい口調を心掛けながら話しかける。
「木村さん、法律で勝てないからといって、会社の飲み会が嫌だと思う気持ちは変わらないでしょう。私から支店長には、あまりしつこく部下を誘うと残業代が発生して支店損益が悪化するぞ、と脅しておきます。私は支店長の味方でも、木村さんの味方でもありません。中立です。支店の運営に支障があるならば、取り除くことが私のミッションです」
「そう言って頂けると、少しだけ気持ちが晴れました。」
「人事部は収益を稼ぐ部署ではありません。皆さんのように稼ぐ現場をサポートすることが使命です。何かあれば、気軽に言ってください」
「分かりました。貴重な時間を頂きありがとうございました」
「ちなみに最後に伺いたいのですが」田嶋は気になっていたことを聞きたかった。
「なんでしょうか」
「オンライン飲み会なら、会社の飲み会でも拒否感は少ないのでしょうか」
木村は少し考えているようだった。1秒ほどして、少し笑いながら声を出した。
「いえ。オンライン飲み会も嫌です。時間と費用の面で効率的ではありますけど。大人数のオンライン飲み会になると、上席の方たちばかりが話をして、それを我々下々の者が聞く、って感じになるんです。リアル飲み会以上に苦痛です」
田嶋は思わず声を上げて笑ってしまった。木村の素直な心情が理解できたからだ。
「失礼しました。参考になりました。面談は以上です」
「今日は本当にありがとうございました。私のわがままを真面目に聞いてくださって感謝しています」そう言いながら、木村が立ち上がった。
「いえ。こちらこそありがとうございました。貴重なご意見が聞けた気がします。これからもしっかり頑張ってください」田嶋も立ち上がり、軽く頭を下げた。